鷹の掲載句

主宰の今月の12句

畳縁

2022年11月号

秋立つや養鰻場のさざなみに

バス停ににじり寄るバス盆帰省

氷ごとひと笊掬ふ鰯かな

初秋の小間の栗茶の畳縁

電気柵めぐらし僧都鳴らしけり

電柱に烏とまれり秋出水

真葛原火勢のごとく風走る

ひと雨に痩せし更地や秋燕

枝豆や人手に渡り店残る

歯磨きに庭ながめやる子規忌かな

早稲刈りし夕空高く晴れにけり

早稲ささげ白木の鳥居くぐりけり

今月の鷹誌から

推薦30句

2022年11月号

岐阜提灯兄の話を上の空         

山小屋の未明の活気嗽ぐ         

風鈴のちんとも鳴らぬ宵居かな      

向日葵とぞつとするほど青い空      

サイダーのしづかな気泡葉風立つ     

コスモスや鏡二面の美容院        

気配して揚羽おほきく現はるる      

ひめむかしよもぎ高炉の先は海      

蟬時雨写経の墨のねばりけり       

一部屋の灯に集ふ避暑家族        

目を開くだけの番犬松手入        

農作業終へて水風呂豊の秋        

けふはけふの日暮を愛しみ端居酒     

釘ひとつ打てぬ男と冷奴         

芭蕉布の黄の靡きたる南風かな      

細谷 ふみを

黒澤 あき緒

今野 福子

三代 寿美代

辻内 京子

志賀 佳世子

岡本 雅洸

宮木 登美江

藤澤 憼子

小竹 万里子

栗山 純臣

黒木 鳩典

穂曽谷 洋

野島 乃里子

林田 美音

眠たげな朝の空港バナナ食ぶ       

レース編む気分になれず日の暮るる    

蕎麦咲くや便り絶えたる挙家離村     

星涼し大桟橋に投錨す          

西瓜提げ傾ぎ傾ぎつ母帰る        

夜の秋手話は静かに速くなり       

鵺鳴くや薬湯黒き坊泊          

どぶろくや忘れられたる立志伝      

一房のぶだう重しや藤村忌        

小説の中の史実や梅雨の月        

朝顔や今日の最初のありがたう      

座布団の白きカバーや盆の月       

納戸より父の水筒原爆忌         

道化師の首の肌色すいつちよん      

踏みにじりあり送火の燃残り       

坂巻 恭子

長谷川 明子

神成 石男

大久保 朱鷺

齊藤 暢人

古和田 貴子

濱田 ふゆ

七戸 笙子

鈴木 ルリ子

鈴木 直樹

下里 玟琅

林 裕美

吉光 邦夫

小石 たまま

橋本 耕二

秀句の風景 小川軽舟

2022年11月号

蟬時雨写経の墨のねばりけり  藤澤 憼子

 開け放った堂の外に蟬の声の響く夏の盛り。汗のしたたるのも忘れ、息を凝らして写経に励む。乾涸らびそうになるたびに何度も磨り足した墨は、硯の海にどろんと溜まっている。季語の蟬時雨と「ねばりけり」の結びだけで、暑中の写経の様子をなまなましく浮かび上がらせた。
今年の夏、私は苔寺の通称で知られる西芳寺を訪ねた。子供の頃に親に連れて行ってもらって以来だ。西芳寺はその後長らく一般の拝観を謝絶しているが、写経を条件に名高い庭園の見学を認めている。私も蟬時雨を聞きながら、本堂に並ぶ小机に座し、手本の般若心経を筆でなぞった。それから程なくしてこの句を見たので、当日の感触がありありと甦ったのだ。苔寺見物に気をとられて、こんな恰好の句材をみすみす見逃していたのか。この句は私を口惜しがらせるに十分な出来だったのである。

目を開くだけの番犬松手入         栗山 純臣

 松手入に植木屋を入れるほどの門構えの家の番犬だ。しかし、泥棒は警備会社の監視カメラが二十四時間見張ってくれるし、むだに吠えると近所迷惑だと家人に叱られる。年をとった今は、番犬の務めをすっかり忘じて静かに暮らしているのだ。犬小屋の前のひんやりした地面に寝そべったまま、職人が通りかかったり、松葉がばさりと落ちたときだけ、目を開く。その様子がどこか漫画のように描かれて可笑しい。

山小屋の未明の活気嗽ぐ          黒澤 あき緒

 山小屋の朝は早い。一日の長い道のりを、涼しい朝のうちになるべく稼いでおきたい。そのためまだ暗いうちから起き出し、黎明とともに歩き始める。晴天に恵まれればなおさら気も逸る。この句の「未明の活気」は、出発の支度の慌ただしさであると同時に、登山者たちの昂りでもある。作者もその一人なのだ。山小屋の活気を下五でぐっと作者自身に引き寄せた「嗽ぐ」が上手い。

一部屋の灯に集ふ避暑家族         小竹 万里子

 避暑地の別荘を思う。窓から入る山気が夜になって冷えてきた。薪ストーブを焚いた居間の灯の下に家族が集い、日常から切り離された時間を共に過ごす。ふだんはたとえ同じ家に暮らしていても、それぞれの部屋で過ごすことが多く、このように親密な時間を持つことは少ないのではないか。この句の場面にはテレビも点いておらず、誰もスマホをいじっていないと想像できる。家族同士ありのままに向き合うことを久しく忘れていた。そんな家族の新鮮な時間がゆっくりと流れる。

小説の中の史実や梅雨の月         鈴木 直樹

 雨夜の窓を開けた部屋で歴史小説を読んでいる。描かれる場面の詳細は作家の想像によるフィクションだ。読者もそれを承知で波瀾万丈の物語を楽しんでいる。しかし、その中にまぎれもない史実がある。そのことに思い当たったとき、主人公がにわかに生身の人間の切実さを帯びる。それが悲劇であれば痛ましさが現実のものとして胸を衝く。季語のしんみりした感じが読後の心情を思わせる。

蕎麦咲くや便り絶えたる挙家離村      神成 石男

 挙家離村とは文字通り一家を挙げて村を離れること。事情はさまざまだろうが、暮らした家を捨て、家業(多くは農業だろう)を捨て、先祖から伝わった土地を捨てて出て行くのだ。蕎麦が咲くくらいだから山間の貧しい僻地である。よりよい暮らしを夢見て都会に出たのだろう。何度かあった便りも途絶えて今はどうしていることか。翻って考えれば、残された村の方が見限られたのだとも言える。いわゆる限界集落の今が見える。

レース編む気分になれず日の暮るる     長谷川 明子

 レースを編むのは涼やかな気分が相応しいのだろう。好きなレース編みをする気にもならないとは、よほどひどい暑さだったのか、あるいは気持ちがくさくさすることでもあったのか。レースらしい情趣を打ち消して、レースらしさとは何かを表わした。めずらしい切口のレースの句である。

一房のぶだう重しや藤村忌         鈴木 ルリ子

 大粒のぶどうの一房を掌に載せた感触を思う。そこから一粒抓んで口に入れた甘さ、酸っぱさを思う。作者はこれまで生きてきた月日の折々、島崎藤村の作品に親しんできたのだろう。それらに潤されて今の作者の心がある。
 
 こゝろなきうたのしらべは
 ひとふさのぶだうのごとし
 
 藤村の第一詩集「若菜集」はこのように始まるから、この句はそれを踏まえたものとも見えるし、作者ももちろん承知してのことだろうけれど、そこはあまり詮索せず、あくまで一房のぶどうの素直な印象から味わいたい。「重しや」に作者の深い思いが込められていると思う。