鷹の掲載句

主宰の今月の12句

やどりぎの高きに曙光年明くる

朝日子のふ国ぞ初山河

黥面の倭人を祖とし初日浴ぶ

初日さす竹藪に風なみなみと

狛犬の獅子吼聞かせよ初御空

亀の水とろんと澄めり初詣

向う疵見せて勝独楽止まりけり

羽子つきの木の鳴る響き木の家に

追羽子の高く上がれば流れけり

地雷踏み一回休み絵双六

いちにちに浮く綿ぼこり寝正月

吹けばまた七草粥の野の香り

(「俳句」一月号、「毎日新聞」一月十一日朝刊、「共同通信」発表)

今月の鷹誌から

推薦30句

良弁の御遠忌樹下にねむる鹿       

霜夜なり掠れ声なるさやうなら      

にはとりの声の筋張る寒さかな      

雲迅き隠岐の牧畑冬隣          

僻村の地雨止みたり模様莧        

白襖死ぬと決まりし人笑ふ        

聖書より念仏親し枇杷の花        

磐笛に海の さや神送          

死にたくもなるよなと縄綯ひながら    

冬晴や汀に白き烏賊の舟         

ブラインドに裂ける朝日の寒さかな    

鳥の貌同じに見ゆる寒さかな       

猟銃音近し日輪脈打てり         

大寺に大き金庫や年守る         

ころころと洗ふ塗箸小鳥来る       

志田 千惠

景山 而遊

桐山 太志

石原 由貴子

鈴木 雅史

岸 孝信

吉長 道代

川口 藍々

小野 展水

有田 曳白

鈴木 沙恵子

竹本 光雄

畠 梅乃

天地 わたる

中島 よね子

穭田を過る気球の影疾し         

大鷲の樹冠ひと蹴りして飛びぬ      

憑き物の落ちて冬空真青なり       

ハングライダー満目の露かがやけり    

石割れば石の音してしぐれけり      

フェニックス海光に実を垂らすなり    

足袋干して尾長騒ぐを見てゐたり     

秋草描く老尼に日暮来てをりぬ      

太刀魚群るるしろがね海を明るうす    

深浦はこくりこくりと鴨の波       

泊りし子布団たたみて帰りけり      

小春日や老犬抱いて家族葬        

いつものと言つて日替り冬ぬくし     

針に糸通して逝けり寒椿         

夜長とはさう思ふこと眼鏡拭く      

福永 青水

折勝 家鴨

横田 幸子

金子 三津子

轍 郁摩

岡本 泉

松下 治子

阿部 けい子

高木 美恵

山下 桐子

田辺 和子

久保 いさを

金子 富士夫

笹木 裕美

蓮本 京

秀句の風景 小川軽舟

磐笛に海の さや神送   川口 藍々

 磐笛は石製の笛。拳ほどの大きさの石に穿たれた穴に息を吹き込むと、澄んだ音で鳴る。古代の遺跡からも出土し天磐笛と称される。穴は海の潮流や生物により自然にできたものもあれば、人間が開けたものもある。
 掲句の磐笛は遠州灘から波の寄せる砂浜で拾ったものではないか。丸みを帯びた石にちょうどよさそうな穴がある。乾いた砂を手で払って戯れに息を吹き込む。その時、思いがけないほどの塩辛さに驚いたのだ。それは地球上の生物の揺籃となった海の太古の鹹さだと思われた。
 磐笛じたいは大きなものではないが、磐の字を当てたことで、神の降り立つ磐座の連想が働く。古代の人々にとって、磐笛の音は神の声と聞こえたのではないか。季語の「神送」が一句の気分を統べて揺るぎない。

雲迅き隠岐の牧畑冬隣           石原 由貴子

 牧畑とは放牧と耕作を交互に行う畑である。放牧地を兼ねることで地味を保つことができるのだろう。隠岐島ではかつて土地を四つに区分し、四年を一周期として放牧と畑作を連続させる農法がさかんだったそうだ。
 私は十五年ほど前、山陰と関西の鷹の有志とともに隠岐島に船で渡った。石原さんもその一人だった。石原さんはあの二泊三日の旅の記憶をずっと詩嚢で醸していたのだろう。それが牧畑の言葉を得てこの句になった。私たちの訪れた十月の隠岐の海はまだ穏やかだったが、冬になれば暗澹と荒れる。それを予感させる「雲迅き」である。
吟行は帰ったら終りではない。それからの時間による熟成もまた吟行なのだ。

冬晴や汀に白き烏賊の舟          有田 曳白

 烏賊の舟はコウイカの石灰質の甲殻のこと。舟の形をしているのでそう呼ぶ。コウイカは明石漁港にも多く揚がる。鷹関西支部の吟行で明石港から淡路島に船で渡り砂浜を歩いた。当日の句稿を見ると、有田さんは「烏賊の甲浜に白々冬日和」で私の選に入っていた。そのまま投句しても「鷹」に載ったはずだが、帰宅してからさらに考えた。そこで烏賊の舟という言葉に出会ったのだろう。舟の形をしながらもう海に帰ることのない烏賊の舟に静かな諦観がある。これも吟行から帰ってからの頑張りが生きた一句である。

僻村の地雨止みたり模様莧         鈴木 雅史

 模様莧と聞いてもどういう植物か分からない人が大半だろう。二〇〇六年刊行の『角川俳句大歳時記』で私は模様莧の解説を担当している。その一部を引いてみよう。
 ヒユ科アルテルナンテラ属の多年草。ブラジル原産。明治時代に日本に渡来し、園芸用に植えて秋に鮮やかに紅葉した葉を観賞する。寒さには弱い。
 私も模様莧を知らなかったのであれこれ調べて解説を書いたのだが、例句が載らなかったのは残念だった。それだけにこの句がうれしかったのである。
 この句の模様莧はどこか片田舎の路傍の花壇にでも植えられていたのだろう。遠くブラジルから渡来し、僻村の地べたで綺麗に色づいている。数日続いた地雨で秋は一段と深まった。村の存続も危ういこの土地で、寒さに弱い模様莧はこの先どうなるのか。痛々しいほどの色鮮やかさが日本の地方の衰退をあぶり出すように見える。

鳥の貌同じに見ゆる寒さかな        竹本 光雄

 鳥の貌がどれも同じに見える──それは普通のことだろう。私だってそうだ。なのにあらためてこう言われてみると、それが奇妙なことに思えてくるから不思議だ。人の容貌は一人一人はっきり違うと見分けられる。鳥もほんとうは一羽一羽個性的な貌をしているのではないか。人間はそれに気づいていないだけなのではないか。鳥の容貌が気になり出すと、世界が急に鳥肌の立つような寒さに感じられた。

夜長とはさう思ふこと眼鏡拭く       蓮本 京

 森澄雄の名句〈妻がゐて夜長を言へりさう思ふ〉を踏まえていることは言うまでもあるまい。違いは森の句は夫婦の夜長であり、掲句はおそらく独居の夜長だと思われるところだ。読書に耽っていたのか。ふと夜が長くなったと思う。しかし、それを伝える相手はいない。掛けていた眼鏡を拭きながら、そう思うだけだ。日が暮れてから床につくまでの時間の長さは、一人暮らしならば余計に長く感じられることだろう。

死にたくもなるよなと縄綯ひながら     小野 展水

 小野さんは言葉と戯れるように調べの工夫を重ねてユニークな作風を作り上げている。この句は読んでみれば「な」の音の繰り返しが呪文のように耳に残る。藁から縄を綯うのは農家の夜なべの定番だったろう。それを現代に転じれば過重労働が常態化した職場の残業風景ともなる。「死にたくもなるよな」のつぶやきは、時代を越えて仕事に心が押しつぶされそうな若者に囁きかける。