鷹の掲載句

　この句の前に並ぶ三句は、「ホスピスの手厚き別れ夏の月」「ひび割れし唇にオレンジシャーベット」「行く夏や遺骨空輸のゆうパック」。これらと併せて読めば、夫を亡くした経過が自ずと浮かび上がる。慟哭や悲嘆を読者にぶちまけることはない。それが俳句として好もしい。連れ添った家族と別れるとはこういうことなのだと、一つ一つ作者の目が確かめているのだ。そして季節が秋に移っての掲句である。
　蕪村に「小鳥来る音うれしさよ板びさし」があるように、「小鳥来る」は古くからある季語だが、田中裕明の「小鳥來るここに静かな場所がある」以来、ことに象徴的、啓示的なイメージを強めたようだ。それだけに安易に使えば安っぽくなる。日髙さんはこの季語がいちばん必要になるときのために取っておいたのではないか、とさえ思われた。

「バズる」とは「ＳＮＳ上で爆発的に話題になること」（『現代用語の基礎知識』）。昨日も今日もバズることなく過ぎていった。明日にはバズるぞと意気込むが、承認欲求の満たされる日が本当に明日来るのかどうかあやしい。音に先を越された花火が、見果てぬ夢のように静かに開く。

　　苧殻焚く雨の匂いの片隅に　　　　　　　　　　　瑞華

これも今月の作品だが、この世の片隅という視点が共通するので、遠花火の句と主人公が重なって見えた。片や最近の俗語を取り込んだ現代の情景、片や時代から取り残されたような情景。時代を越えた情景が現代の詩として共存できるところに現代俳句の不思議な特性がある。

　膳所は琵琶湖に臨む城下町で、芭蕉の墓の立つ義仲寺もある。膳所、大津、山科、京都はＪＲの各駅停車が順に止まる駅名だ。その車窓を眺めているとおぼしき句である。どこの駅を並べてもよいというものではない。地名と地勢がこの句ならではの味わいを生む。夕立、野分、時雨といった情趣たっぷりの季語ではなく、「夏の雨」と素っ気なく置いたところがまたよい。素っ気ないからこそ電車から順に見る駅名とみるみる変る風景が引き立つのだ。

　辞書が印刷物であるのが当たり前の時代には「紙の辞書」などという言い方はなかったことだろう。電子辞書がここまで普及したからそう呼ぶ必要が生じたのだ。辞書の薄い紙をめくる感触に立秋らしさを感じとったのは共感できよう。指先も汗ばまずにさらりとしている。しかし、この感触を知ること自体が時代遅れになろうとしている。自分の生きた時代への愛惜の念すら感じさせる句である。

　ゴーヤのグリーンカーテンなるものが奨励されるようになったのは近年のこと。窓を緑の葉が覆うので暑さを凌ぎやすくなるというわけだ。路地のこの家もグリーンカーテンを仕立てているらしい。新しい素材を珍しがって詠んでもすぐに飽きが来るが、この句はすでに庶民の暮らしになじんだものとして詠まれている落ち着きがよい。今年の猛暑はグリーンカーテンで対抗できるようなしろものではなかった。エアコンをフル稼働させて部屋に閉じこもっていると、締め切った窓を人恋しそうに苦瓜が打つのである。

　小気味よいほど激しく降る白雨らしい。傘を持っていたのは幸いだが、それも役に立たないほどの降りだ。作者の口吻を伝える「いつそ」が上手く働いている。白雨を浴びたいというだけでは芝居がかっている。「いつそ」と言うから、傘がまるで用をなさないずぶ濡れの作者が見えてくる。
白雨は言うまでもなく夕立のこと。それにしても、このような潔い夕立に会うことがなくなった。降り出せばたちまち線状降水帯をなして降り続く。夕立の後のすっきり晴れた夕空がなつかしい。

　弁松は日本橋の老舗の弁当屋。江戸の世から伝わる甘辛の濃い味付けに特徴がある。関西風の薄味が賞美されたり、健康のために減塩が奨励されたりする時代に、濃い味付けを守るのは時代錯誤でもあるが、だからこそ作者はそのこだわりに賛辞を惜しまないのだ。雨蛙の取り合わせにも作者の愛情を感じた。夏の雨の頃は弁松の濃い味付けがとりわけ恋しくなりそうだ。

　小海線は山間をディーゼル車が走るローカル線だが、さすがに「ことこと走る」という感じではない。それなのに、この句の中では確かに「ことこと走る」と思わせられる。軽妙な調べが半ば空想的な小海線を現わしてみせたのだ。