鷹の掲載句

主宰の今月の12句

集合場所

2025年4月号

猟犬の下腹薄く緊りけり

畑土の黒く肥えたり蕪抜く

葉牡丹や下駄箱前の簀子鳴る

集合場所あれか着ぶくれの一群

枯蓮に氷菓の袋漂着す

裸木をインコ群れ飛び町古ぶ

逃げて来し女工雪眼をつぶりをり

枕の灯さへまぶしがる雪眼かな

やくわんよりぬるくうすき茶梅早し

新海苔を焙る馴れ初め語りつつ

岸壁に貝食らひつく春寒し

枯色のままに春めく山の雨

今月の鷹誌から

推薦30句

2025年4月号

薄氷や一人に生死一度づつ        

やどかりやペットボトルの蓋を家     

座礁せし鯨や渋谷スクランブル      

スイートピー足裏あらはに妻眠る     

寒靄に棲む滅びゆく種のごとく      

穭田に雨降る心ゆるびかな        

貌ぬぐふ猫の利き手やお元日       

きさらぎの風にさらすや杖と骨      

選ばれて句は輝けり初句会        

マッチングアプリの虚空猫の恋      

冬霧や木立にぢつと鹿の影        

初寄席や笑ひ上手な人ばかり       

樹から樹へ寒禽のこゑすばしこき     

門松や海にはまつしろな時間       

吾の中の少年が風邪ひいてゐる      

細谷 ふみを

髙柳 克弘

大野 潤治

原 信一郎

川原 風人

今野 福子

亀田 蒼石

内海 紀章

重田 春子

亀田 荒太

齋藤 恵子

亀田 紀代子

龍野 よし絵

林山 任昂

佐藤 直哉

深山の殺意のごとく滝凍る        

重版に賞祝ふ帯暖かし          

病む妻に買うて帰りし日記かな      

探梅や傘をたためば夕景色        

毛布贈れば夜が愉しみと父が言ふ     

頭だけ見ゆる富士山水温む        

弁当の飯に重心冬ぬくし         

もう一度浮かれてみるか初相場      

春寒し急須が口をとんがらす       

足し算は増える喜び初雀         

常備菜親に届ける斑雪かな        

三人の女正月バナナパフェ        

日輪と山河の賛歌蓼汀忌         

爪切りは小指に終る湯ざめかな      

古代史に空白のあり厚氷         

鈴木 沙恵子

榎丸 文弘

細田 義門

鬼界 時三

天野 浩美

坂本 夏美

竹本 光雄

小島 月彦

西嶋 景子

皆川 禮子

柳浦 博美

米倉 郁子

立木 由比浪

上杉 游水

中村 一烏

秀句の風景 小川軽舟

2025年4月号

やどかりやペットボトルの蓋を家      髙柳 克弘

 貝殻の代わりにペットボトルの蓋を家にして背負うヤドカリ。実際にいると聞く。コミカルな姿だが、軽くて楽そうだし、色も選べてファッショナブルかもしれない。
 この句の背景には廃プラスチック類の海洋流出による地球規模での環境汚染がある。死んだウミガメの胃腸から大量のポリ袋が出たという報告は、廃プラの犠牲として象徴的に取り沙汰される。鼻にストローの刺さったウミガメの映像も話題になり、スターバックスやマクドナルドはストローを紙製に替えた。こうしたウミガメの話は正義を訴える。ならばこの句は何を訴えているのだろうか。
 何が正義なのか、正しく知ることは難しい。地球温暖化で融け出した北極の氷に乗って流されるシロクマの写真も世界に衝撃を与えたが、それがフェイクだったと写真を掲載した科学雑誌が発表した。トランプ大統領は就任早々、政府が紙ストローを使うのをやめる大統領令を出した。紙ストローは一時の徒花に終わりかねない。
 掲句は正義を振りかざしていない。ペットボトルの蓋に住むヤドカリはしたたかだ。人類が滅びた後も人類の遺物を背負って生き延びるのではないか。地球環境問題に目を向けることは大切だが、俳句は正義の味方にならない方がよいと作者は考えているようだ。その姿勢に共感する。

貌ぬぐふ猫の利き手やお元日        亀田 蒼石

 家族の談笑から少し離れ、日の当たる窓辺で猫がしきりに貌を拭っている。その猫に利き手があるという発見がおもしろかった。見ているうちに気づいたのだろう。猫好きには当たり前のことなのかもしれないが、猫と猫を見る作者の関係がほのぼのと浮かぶところがよい。猫の利き手などにふと心がとまった元日の穏やかな雰囲気もよい。

初寄席や笑ひ上手な人ばかり        亀田 紀代子

 寄席に慣れていないのか、笑うタイミングがうまくつかめない。タイミングよく笑いが起これば噺家も乗ってくる。演者と観客が力を合わせて座を盛り上げるのだ。それが行き過ぎるとお笑い番組で耳にする録音のわざとらしい笑い声になる。作者は自分の笑い下手に気づいて、落語そのものより笑うタイミングが気になってしかたないようだ。

選ばれて句は輝けり初句会         重田 春子

 俳句は作者が作っただけでは完成しない。読者に読まれて初めて完成するものだ。とりわけ信頼する読者に褒められれば、句はたちまち輝く。私も藤田湘子の選を受けていた頃には、自分の句でも他人の句でも、先生に選ばれて急に輝くのを繰り返し経験してきた。微力ながら私の選もそうであってほしいと願っている。
 俳句で俳句関係のことを詠んでもおもしろくはならないのが常だが、この句は初句会の季語が効いている。作者の顔がパッと上気して輝くことも想像される。

病む妻に買うて帰りし日記かな       細田 義門

 しんみりさせられる句である。妻は買物に出ることもままならない病状らしい。その妻に頼まれ、いつものスーパーから本屋に足を伸ばして日記帳を買って帰った。妻の日記にどんな日々が綴られるのか。病気をしても大切な一日一日がある。「日記買ふ」の季語には来たるべき年を予祝する気分が含まれているようだ。それがこの句の救いになる。

座礁せし鯨や渋谷スクランブル       大野 潤治

 渋谷のスクランブル交差点は外国人観光客に人気のスポットだ。夥しい通行人が入り交じりながら、混乱もなく青信号の間に渡りきる。それが日本らしい都会風景として外国人を驚嘆させるらしい。その世界的に有名な交差点に、巨大な鯨が座礁した。車も人も通行を妨げられてあふれかえる。怒号が飛び交う一方で、スマホを掲げて写真や動画を撮る人も多数。この鯨はいったい何なのだろう。作者に種明かしをする気はさらさらなさそうだ。こんな俳句もあってよい。

吾の中の少年が風邪ひいてゐる       佐藤 直哉

 大人になってからも失わないよう大切にしている純粋な心がある。社会に出ればそれを表には出しにくくなる。社会に順応できる心で守って、その奥にしまってあるのだ。そのナイーブな心を傷つけられる出来事があったらしい。あるいは社会に順応する心が強くなりすぎて圧迫するのか。繊細な内面を詠みながら、風邪をひいた少年というイメージに仮託して心の震えを読者に伝える句になった。

探梅や傘をたためば夕景色         鬼界 時三

 過不足なく選ばれた言葉は、その場に立ったような情感を読者にもたらす。あいにくの雨の探梅。傘を差して梅林をめぐり、ちらほらほころびた梅の花に顔を寄せる。雨が上がったのに気づいて傘をたたんだら、雨に潤んで夕日のにじんだ梅林の景色が急に目の前に広がったのだ。