鷹の掲載句

主宰の今月の12句

押し込む

2026年1月号

UFOに毎朝会ふ子芒原

竹の根の浮きてみどりやエジソン忌

露寒の砂場に如雨露あり赤く

秋深しドアがばたんと言つたきり

ひややかや音の粒立つ庭の雨

白山は雲引つ被り冬近し

穭田や雨落ちしぶる曇り空

親指の押し込む画鋲冬来たる

キックボード銀杏落葉に光曳き

参道が遊び場の子も七五三

漁家小春蛸もシーツもひろげ干す

冬桜種井に水は湧きつづけ

今月の鷹誌から

推薦30句

2026年1月号

どれ一つ構つてやれぬ露の玉       

熊棚や風ぞうぞうと神の森        

一切を波音が消す夜寒かな        

廃仏の礎石踏み当て菌山         

すぐ乾く赤子のからだ初嵐        

秋耕や借地三坪と父の鍬         

棺桶ハウス蓑虫に間借りさす       

草の花墓地は小さな街に似て       

追憶の色足す画帳秋惜しむ        

残る蜂税務課に矛向けにけり       

骸無き羽根散らかるや冷やかに      

被験者の偽薬に眠る無月かな       

アリーナを跳ねる光線秋惜しむ      

図書館は翼をたたみ今日の月       

喧嘩売る少年の肩鰯雲          

有澤 榠樝

大井 さち子

折勝 家鴨

桐山 太志

原 信一郎

金丸 綾子

蓬田 息吹

池田 宏陸

菊池 雅顕

松井 宙岳

天地 わたる

鈴木 之之

古和田 貴子

中野 こと子

野田 修

冬瓜の無味や娶らぬ男たち        

山荘を閉づジーンズの牛膝        

片付けを過去が邪魔する秋思かな     

毛布買う深夜のテレビショッピング    

コスモスに一人降ろして介護バス     

休暇明・婚活・転職・髭脱毛       

梨狩や食へばたちまち梨つ腹       

コスモスや親友むかし恋敵        

の実や野毛の小暗きタトゥー店     

家に待つ母に駅弁秋の暮         

野と化しし田畑や柿の当たり年      

参道は鳥獣保護区木の実雨        

町老いて漏水多し冬の虹         

てのひらの義眼は見上ぐ竹の春      

緑青を吹きし古銭や神の旅        

平野 美子

八木 峰子

折田 倫子

大西 和子

熊谷 祥歩

森田 雪虚

茂木 とみお

坂巻 恭子

長谷川 野蒜

小林 環

松井 大子

坂下 徹

松浦 悠然

藤原 素粒子

平山 南骨

秀句の風景 小川軽舟

2026年1月号

秋耕や借地三坪と父の鍬          金丸 綾子

 具体的に示されているのは人から借りた小さな畑と古びた鍬だけだが、それを眺める作者の視線は、作者自身の人生に向けられているに等しいと感じさせる。父は仕事のかたわら手すさびに家族の食べる野菜など作っていたのだろう。作者はその小さな畑と父の使っていた鍬を引き継いで、父と同じように野菜を作っている。
 秋耕の季語に味わいがある。春の耕しでは一句の気分はだいぶ違ってくるだろう。収穫を終えて冬を迎える畑土を養生し、今度は白菜や菠薐草などの種を蒔く。この畑を慈しむことは、晩年の父の姿をなつかしむことでもあり、そしてまた秋もだいぶ深まりつつある作者の余生を愛おしむことでもある。あと何年続けられるのか。そう自分に問いかけつつ、鍬の柄に残る父の手擦れに自分の手を重ねる。

被験者の偽薬に眠る無月かな        鈴木 之之

 新薬の臨床試験は、新薬を投与した患者と偽薬を投与した患者を比較することによって有効性を検証する。偽薬かどうかは患者には知らされない。それでも患者は新薬だと信じて病気が治ることに望みをつなぐのである。この句の被験者も偽薬と知らずに眠っているのだろう。投与されたのが偽薬でも、それを知らない患者は心身が暗示にかかって症状が軽くなることがあるそうである。
 無月の季語はこの患者を突き放すようで酷薄な取り合わせだが、作者の意図は偽薬の投与という医学の仕組みに対するやりきれなさの表明なのかもしれない。

の実や野毛の小暗きタトゥー店      長谷川 野蒜

 カエデではない。フウはマンサク科の落葉高木。江戸時代に中国から渡来した。近縁種には北米原産のモミジバフウがあり、公園樹、街路樹として植えられている。秋から冬にかけて葉は赤や黄に色づき、とげのある球形の実を落す。舗道に転がっていると、見慣れないので何の実だろうかと思う。楓の実は歳時記にはなさそうだが、現に季節とともにあるものなのだから市民権を与えてもよいと思う。
 野毛は横浜の下町といった雰囲気の歓楽街。実際に楓の実が落ちていたのだろう。それを僥倖とした一句である。

休暇明・婚活・転職・髭脱毛        森田 雪虚

 「・」で羅列する俳句をことさら奨励するつもりはないけれども、十年前には、

 おでん・グミ・マスク・コンビニ依存症  栗原 修二

をこの欄で取り上げていた。どちらの句も時代の空気を浮かび上がらせておもしろいが、十年の歳月の経過と作者の年齢差が内容を全く違うものにしている。それにしても掲句が「髭脱毛」に帰着することに驚く。二十代半ばの森田さんの世代に、男らしさはそこまで忌避されるに到ったのか。

棺桶ハウス蓑虫に間借りさす        蓬田 息吹

 香港で起きた高層住宅の火災はニュース映像がなまなましく衝撃的だったが、土地の少ない香港には昔から一戸一戸が狭小な高層住宅が多い。とりわけ極端に狭くて居住環境の劣悪な住居は棺桶ハウスと呼ばれている。
 この句は、香港に取材したのか、あるいは自分の生活環境を自嘲したものか知らない。いずれにせよ、そこにぶらさがった蓑虫を見つけて、間借りをさせてやっていると興じてみせたのがしたたかなユーモアだ。材料も切口も蓬田さんならではだと思う。

コスモスに一人降ろして介護バス      熊谷 祥歩

 介護施設の送迎バスなのだろう。介護バスという言い方はやや乱暴な気がするが、趣旨は伝わるのでよしとしておく。この句の眼目は「コスモスに」にある。デイサービスを終えた老人を一人一人送り届ける。バスが去るとコスモスの咲く傍らにぽつんと老人が取り残されている。老人にとって帰る場所とはどこなのか。帰ってきたと心から思える場所のない老人の孤独が思われる。

毛布買う深夜のテレビショッピング     大西 和子

 テレビショッピングを詠んだ句がこれまで「鷹」にあったかどうか。そもそも詩とは縁が遠そうなものだし、字数も多くて俳句の小さな器にはかさばって仕方ない。掲句はそんな素材をあっさり一句にしているが、ふと毛布が欲しくなってしまった心理がよくわかる。卑近な素材だが、できあがった句はけっして卑近なだけではない。

熊棚や風ぞうぞうと神の森         大井 さち子

 熊棚は秋の季語である。木の実が熟すと月輪熊は木に登り枝を引き寄せてそれを食べる。熊の坐った跡が棚のようになるのだ。木の実が豊かに実れば、秋からさんざん報じられたように熊たちが街まで降りてくることはないだろう。山の神に守られたこの森は荒々しい表情をしているが、熊たちにとってはサンクチュアリなのだ。