鷹の俳人

穴澤篤子(あなざわとくこ)

穴澤篤子(あなざわとくこ)

1934年6月仙台生まれ 東京都在住
1972年 鷹入会
1973年 第2回鷹新人賞 
1974年 鷹同人に推挙
1980年 第16回鷹俳句賞 
1981年 句集『草上』上梓
共著『現代俳句研究Ⅰ 藤田湘子』
現代俳句協会会員

ミニ・アンケート

◆趣味:音楽鑑賞(歌謡曲を除く)
◆学生時代のあだ名:穴ポコ
◆好きな映画:昔はモンゴメリー・クリフト主演のもの

人物評 山地春眠子

 「愛したら来よ凍鶴の午後晴天」「真魚・少女山国の春きていたり」――若書きの句では誰もがその思いを研ぎあげるものだが、この人の場合は、研ぎ上げ方がひとしお清冽であった。数年後「籠枕あまた鴉の鳴くことも」など、「思い」を沈潜させた句群により鷹俳句賞受賞。そして還暦を過ぎてなお「八月の声なり昭和天皇は」の鋭鋒を示す。
 昭和九年生まれだから卒寿に近いけれど、毎月の発表句は背筋をシャンと伸ばしている。昭和五十年代には鷹事務局に約十年。長く飯島晴子指導の東京西支部句会の中心メンバーで、平成に入ってからは五人会「青春の会」を結成。“頼りになる姉御”なのだ。

自選十五句

雪日暮みじかきことばすれ違ふ

抽出しの蝶の骸の消えにける

霧籠り草籠り声出しにけり

十二月花屋の花の話しさう

いかやうに干すも褌小鳥来ぬ

冬瓜を丸ごと持つて行けと言ふ

八月の声なり昭和天皇は

曝す書に前途洋々たりし頃

沖に出てさらに沖あり終戦日

読初のパウロローマにやつと着く

鳥帰るひかりあふるる野を残し

裸木に天は深きを以て応ふ

秋の日やむかしは富士の見えし窓

岬鼻の風の強さや年迎ふ

わが未来取り敢へず明日粽食ふ

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