今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  炭に火のまはりゆく音外待(ほまち)(あめ)       大西  朋

 炭火には手間のかかる不便さと引き替えに時間の豊かさがある。火が熾るとぱちんと火の粉が跳ねて香りが立つ。手をかざして鉄瓶の湯の沸き始めるのを気長に待つ。耳を澄ますと庇をかすかに鳴らして雨が降り出したようだ。
 掲句の上五中七自体は平凡だが、その気分を存分に引き立ててくれるのが下五に置かれた外待雨だ。ひとところを束の間潤す雨。農作物には儲けものの雨である。「外待」はもともと当て字らしいが、この字がよい。まるで掲句の場面が、誰か人の訪れを待っているように見える。となると、一見平凡な上五中七の炭火の描写は、実は何かを待ち設ける作者の心の表現でもあったのだと気づく。

  不知火や海底の国落城す         藤 やす子

 『季語別鷹俳句集』は選者の私にもいろいろなことに気づかせてくれる。例えば狐火と不知火。本稿執筆時点の電子版で見れば、狐火の句は湘子選が五句、軽舟選が九句。それに対して、不知火の句は湘子選が四句あるのに私の選は一句もなかった。はたして選者に原因があるのか、投句者に原因があるのか。結社の俳句は選者と投句者が力を合わせて築いていくものだから、双方に原因があると言うべきなのだろう。ともあれ、不知火の秀句がないのは先代に対する負い目のようで口惜しいのである。
 そんな鬱憤を晴らしてくれたのが掲句だ。沖に浮かぶ不知火を眺めて、海底の国の落城を発想したのは実に勇壮。それを詠う調べも雄渾である。「鷹」の不知火の句と言えば、
  不知火を一列の武者よぎりしよ      川野 蓼艸
にかねて感心していたが、藤さんの句は軽舟選時代の不知火の句の先陣を切ってくれたものと頼もしく思う。

  ストーブに灯油を入れて独りなり     伊藤 牧子

 一人暮らしの人はますます増えている。一人暮らしを詠った句も、したがって増えている。どんなときに一人暮らしを実感するのか。人さまざまなはずなのに俳句になると似通ってしまう。読者の共感を求めて、一人暮らしはこういうものだという類型に知らず知らず寄りかかってしまうのだ。
 掲句はさらりと詠まれているが、一人暮らしを実感する瞬間が作者自身の経験として捉えられた手応えがある。冬が来てストーブに灯油を入れる。一緒に当たる人のいないストーブを点けて、その火を見つめる。一人暮らしの寂しさに共感してもらおうという物欲しげなところがないのがよい。何の特別なこともない、毎年こうして暮らしてきたのだ、と前を向く心の張りがある。

  山火事の三晩続けり父の斧        轍  郁摩

 山火事が三晩も続いてなお燃え続けている。乾いた風にあおられた火勢は夜空を焦がし、集落に迫る。下五に出しぬけに置かれた「父の斧」にぬきんでた迫力がある。状況の説明は何もないのに、それは父と子の悲劇的な関係の暗喩とも見えてドラマチックだ。斧は父の手にあるのか、子の手にあるのか、それとも何かの役目を果たして地に打ち捨てられているのか。いずれにしても、その冷たい刃に山火事の炎はめらめらと照り映えている。

  神の鳩法の鴉や冬はじめ         市東  晶

 運動を兼ねて近所を歩く。神社では鳩を分けて歩き、寺では鴉にやかましく鳴き立てられた。この句の材料はそんなところだろうが、「神の鳩法の鴉」と並べた手際がよい。法(のり)とは仏法のこと。神道には白い鳩、仏教には黒い鴉という対照が、特段何の意味もないのにおもしろいのである。

  手毬唄蜾蠃(すがる)少女(をとめ)に戻りたし        三宅 静可

蜾蠃はジガバチ。蜾蠃少女とはそのジガバチのように腰の細くくびれた乙女のことである。万葉人も現代人も好むものは変わらないらしい。蜾蠃少女に戻りたしとは若かりし日への切なくもほほえましい郷愁である。中央例会では季語が悪くて取れなかったが、手毬唄とはよい季語がついた。

地球の回転年々速し石蕗の花       篠原あい子

 年をとるにつれて時間の経つのが早くなったとは誰もが言う常識である。しかし、年をとるにつれて地球の回転が速くなってきたぞと言えば常識が大らかなユーモアに変わる。
 「俳句」一月号で私は虚子が弟子の五十嵐播水夫妻の結婚三十周年を祝った次の句を引いて挨拶句を論じた。
  地球一万余回転冬日にこ/\       高浜 虚子
 篠原さんの句にも冬日はにこにこと笑いかけている。

奥山は定めて雪や片便り         加藤 静夫

 どうした風の吹きまわしか、加藤さんらしくない古典的な美しさに魅せられる句である。この句の片便りの相手には吉野に籠る西行の面影がある。返事を待つのはやんごとなき女人だろうか。「定めて」の副詞が一句を引き締めているのだが、「定」が席題だったのだからちゃっかりしている。

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