今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  はこべらや雨に消えたる鳥の墓      川口 藍々

 籠に飼っていた小鳥が死んで、子どもが庭の隅に埋めたのだろう。わずかな盛り土と小さな木切れの墓標。しばらくはこの世に名残を惜しむように日向で風に吹かれていたが、一晩したたかな雨が降ったらどこが墓だったかもわからなくなってしまった。しかし、埋めた子どもの興味はすでに他のことに移っているから、墓が消えたことすら気づかない。寂しい内容だが、不思議と安らかでもある。
 季語がよいのだと思う。一雨ごとに草が萌えて庭が春めいていく時間と、鳥の墓が消え去っていく時間が重なる。その重なりの上に、はこべがつつましく花を咲かせる。大人になるにつれて忘れていく何かをこの句は思い出させる。

  灰神楽立てて市終ふ雪間草        西山 純子

 朝市だろうか。解け始めた雪の切れ間に青い草が顔を覗かせている。せっかく来たのに、多くの店がもう仕舞支度をしている。急いで残りものをいくつか買う。市の傍らで暖を取るために火が焚かれていたのだろう。男がバケツの水をぶちまけると、たちまち濛々と灰神楽が立った。
 旅先で朝市に出会うのは楽しいことだが、そこで一句となると切り口はだいたい似通っている。この句の灰神楽のような好材料を目にしたら儲けもの。朝市に出遅れた甲斐があったというものだ。

  法然忌干ぜんまいをもどしけり      村井ひろみ

 法然上人の崩御は旧暦一月二十五日だが、京都の知恩院、東京の増上寺など浄土宗の大寺では四月に法要を行う。単に御忌で法然忌を指し季語となることはご存知の通り。
 ぜんまいの出回るのもその頃だろう。中七下五は日常の些事だが、法然忌と結びつくと、まさになつかしいこの世の情景だと思える。ふくよかにふくらむぜんまいが、信仰に育まれた人々の心そのもののように見えるのである。

  梅一本(ひともと)古武士の如く控へけり       村場 十五

 庭の梅が花の季節を迎えた。白梅の古木だろう。庭の様子が現代風に変わっても、昔のままの風情で、半ば憮然とそこにあるのだ。「古武士の如く」というのはいかにも梅の古木に似つかわしい比喩だが、句会では下五が「咲きにけり」だった。それではせっかくの比喩が生きないと評したら、作者はどのくらい苦吟を重ねたものか、「控えけり」と古武士らしさを強調して出してきた。どこかユーモアも含んでうまく言いとめたと思う。なお、この句の「一本」は「いっぽん」ではなく「ひともと」でないと様にならない。作者に断っていないが、そう思ってルビを付す。

  いつか去る冬いつか来る別れの日     小浜杜子男

 小浜さん得意の対句表現である。仮に「いつか来る冬」だったらどうだろう。わかりやすいけれど理に落ちる。対句が一本調子になったら身も蓋もない。「いつか去る冬」と「いつか来る別れの日」のすれ違いが対句を生かすのだ。思えば人生とはそんなすれ違いの積み重ねなのではないか。小浜さんのちょっと天邪鬼な人生観がそこに顔を出す。

  春の山モデルは動かなくて好い      細谷ふみを

 春の山を前に画架を立てて絵を描き始めた。絵のモデルといえば、一般的には人物を指すのではないか。だから、モデルが山だというところにこの句のおかしみがある。しかも「動かなくて好い」である。まるで作者の言いつけを守ってじっとしているような春の山。その山と向き合って、うららかな時間をたっぷり共有しているのだ。

  祖父杣夫(そまふ)父大工なり水温む        山崎 龍子

 偶々そうだったということなのかもしれないが、杣夫と大工という組み合わせがよい。祖父は林業に従事していたのだろう。戦後に推し進められた杉の植林に生涯を捧げたか。父はその林業を継がず、町に出て大工になった。祖父の伐り出した材木で家を建てたのだ。一族の歴史と日本の戦後復興が重なる。「水温む」の季語には、父祖の世を偲んでまぶしそうに目を細めた作者の表情がうかがえるようだ。

  簡単な恰好で会ふ雲雀東風        斉藤 扶実

 「簡単な恰好」というのが俳句くさくなく、しかし実感のある言葉だ。普段着ではない。けれど着飾ってもいない。わざわざ「簡単な恰好」と言うのは、本当ならもっと装いを凝らしてもよいシチュエーションだからだ。互いに行為を抱き始めた男女を想像してもよい。「簡単な恰好」には自分らしさをそのまま見てほしいという親しさがある。

  雨去りぬ青美しき春の朝         野田 台二

 雨上がりの朝。目にするものすべてが一段と春めいて見える。「青美しき」が意表を突いた表現である。この青は空や若草の具体的な色に限定されるものではない。風景を満たす空気そのものが玲瓏と青みを帯びて感じられたのだ。

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