今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  色のなき風と渋谷のグラフィティー    山田 友樹

 まだ二十代だったジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』の前に監督した『アメリカン・グラフィティ』という青春映画がある。主人公が高校を卒業して街を離れる前夜の物語で、中身は忘れてしまったが、センチメンタルな印象だけは残っている。グラフィティが落書きのことだとは後に知った。落書きにもいろいろあるが、例えばキース・へリングのそれともなれば立派なポップアートである。
 掲句のグラフィティはどんなものか。渋谷という土地柄から、路地の塀にスプレー缶で描かれた落書きなどが目に浮かぶ。派手な原色のあふれる街に、色のない風が吹き抜ける。現代の若者の風俗に出会ったことで、古歌を典拠に秋風を指す季語「色なき風」が現代の感覚で生かされた。
 その風に吹かれて街角に立つ作者の姿が見えるようだ。落書きのように過ぎてゆく日々。明日になればもう今日の自分はいない。しらじらと乾いた風は、作者の心の中をも吹き抜けるようだ。

  ジョブズ忌のシナモン香るスタバかな   佐野 未來

 アップル社を率いたスティーブ・ジョブズは、アイフォンに代表される数々の製品によって、現代のライフスタイルを創造した。そのジョブズが五十六歳の若さで亡くなったのが二〇一一年の十月五日だ。片やスターバックスもアイフォンと同じくアメリカ西海岸からやってきて、既に私たちの都市生活の一部になっている。
 シナモンの甘い香りが立ちこめるのが秋のスタバらしい。客の多くはアイフォンを操作して過ごしているだろう。カタカナ嫌いの湘子先生が見たら叱られそうな句だが、カタカナばかりの中で暮らしているのが現代の現実なのだ。

  妻たちの文具つましき文化の日      布施伊夜子

 文房四宝の文人趣味の伝統を継いでか、男性には文房具に凝る傾向がある。書斎を構え、机や筆記具や原稿用紙にこだわる。湘子先生も数多くの万年筆を買い求め、句帖や原稿用紙は特注品だった。それに対して女性は文房具へのこだわりが薄い気がする。飯島晴子さんの句帖は百円も出せばおつりの来る市販のメモ帳だった。男は形式から、女は実質から物事に向かうのだと言えようか。
 それとともに、この句には戦後の女性が戦時中には触れることのできなかった文化を手にしていく過程を思い起こさせるところがある。家事の傍ら俳句を作るのにチラシの裏とちびた鉛筆があれば十分だった。「文具つましき」には、そうした時代を経た女性たちの矜恃が示されている。

  篁に竹よこたはる良夜かな        小野 展水

 伐った竹が竹藪に横たえてある。一本だけということはあるまい。十数本の青い竹がまとめて積んであるのを思い浮かべる。竹藪の手入れには古い竹を伐ることが欠かせない。この句の竹藪も手入れが行き届いているのだろう。
 篁という言葉がこの句では不可欠だ。竹藪では美しさが足りない。さらに名月を配したことで、この竹はただ美しい景色をなすそれだけのためにそこにあるように見える。

  デパートの益々早き冬支度        林  裕美

 デパートの衣料品売場は常に季節を先取りする。もう冬物かと驚くような時期に売場の様子ががらっと変わる。それにますます拍車がかかっていると作者は感じたようだ。冬支度は冬に向けた衣食住の備えを指す。デパートの売場にそれを広げるのは邪道と見る向きもあるかもしれないが、デパートの冬支度も生活の中で見慣れた風景であり、現代の季節感は率直に捉えられている。それもまたよいのではないか。

  色鳥や給料日などありしころ       小籠 政子

 給料日のない暮らしになって久しいらしい。「など」がこの句の決め手だ。無駄なように見えて無駄ではない。毎月給料日があった頃の暮らしのあれこれが思い出されるのである。この句の給料日には、振込みではなく、封筒に入った現金を支給された時代のそれが似合う気がする。

  オーボエの音に前世の秋思あり      大野 潤治

 木管楽器の中でも、フルートやクラリネットの音色の明るさに対して、オーボエの音色にはほの暗い哀愁がある。その印象を「前世の秋思」だと迷わず言い切ったのが潔い。オーボエはバロック音楽の時代からある古い楽器である。未生以前の古人の秋思をそこに感じても不自然ではない。作者の今の思いもそれら古人の秋思に連なっている。

  道崩えて谷底のぞく霰かな        花田 眞治

 山道の一部が崩落して谷底が見える。そのとき車で通っていたらと肝を冷やす。今年は地震、台風、豪雨と自然災害が度重なった。この句もそうした現場の一つかと思われるが、冬を迎えたというのに復旧は後回しになっているのか。「霰かな」の下五で情景の厳しさが引き立った。

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