今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  芝浦の夜涼に潮の流れけり       山田 紗由美

 芝浦は元は東京湾の浅瀬だった。古典落語で有名な芝浜が現在の田町あたり。その先の海が埋め立てられ、運河をめぐらす工業地帯になった。モノレールで羽田空港に向かうと、浜松町を出て間もなく芝浦を通るので、その風景はなじみ深い。工場の移転で空き地ができると、ウォーターフロントとして再開発が進み、最近は高層マンションが増えている。
 芝浦から見る海は、すぐ先にお台場の埋立地があって、水平線は見えない。人工物に囲まれて窮屈そうな海である。それでも潮風が吹き渡り、レインボーブリッジの灯りに照らされて潮が流れているのが見えた。生きた海であることに作者は驚いたのだ。芝浦の地名がわが国の近代化の歴史を背負ってよく利いている。そして何より、ゆるみのない一句の声調が、潮の流れを感じさせてくれる。

  月涼しサザン流して家族葬        原 信一郎

 職場の縁で葬式に行く機会がめっきり減った。家族葬で済ますので参列も香典も辞退するという案内が多くなったのである。サザンオールスターズの歌を流したというのが、家族葬の時代に実にうまくはまっている。昭和五十三年にデビューして四十年、今も現役のバンドとしてヒット曲を生み、幅広い世代に聴かれている。サザンの曲とともにこの家族の四十年があったのだろう。
 今月の原さんの投句からもう一句。
  親の亡き自由日暮の氷水           信一郎
 原さん自身の心の陰翳はこちらの句により色濃い。もう親に縛られない自由を詠いながら、「日暮の氷水」にはどこか寂しさが拭いきれない。同世代の共有する心情を詠うことに長けた作者らしく、心憎い取り合わせである。

  谺して星湧く峡や帰省せり        島田 星花

 作者の生まれ育った白山山麓にはこのような峡谷が多いことだろう。郷愁から生まれた一句かと思うが、今まさに帰省したようなみずみずしい臨場感がある。「谺して」は「峡」に掛かって水音の谺を指していると読むのが自然ではあるだろう。しかし、この句の勢いは、まるで星が谺しながら湧きあがるように感じさせてくれる。この世にあり得ない音でも俳句の中では鳴り響くことができる。あふれんばかりの抒情がそれを可能にするのだ。

  緑陰を駆けてジブリの原画展       田中 未舟

 スタジオジブリは宮崎駿監督の「となりのトトロ」など数多くの名作を送り出してきたアニメーション制作会社。木立の緑を駆け抜けてジブリ作品の原画展の会場に向かう。そこには緑に満ちあふれた「となりのトトロ」の原画もあることだろう。作者の心はたちまちその深い森に入り込んでいく。駆けてきた現実の緑陰が、そのまま原画の中の緑陰につながっているような勢いが感じられた。

  大き虹立つ病室のちひろの絵       大井さち子

 現実と絵の中の世界を結びつけたという点で、この句も狙いは田中さんの句に近い。小児科病棟の病室なのだろう。明るい色の壁に、子どもを描いたいわさきちひろの絵が掛けてある。絵の中に虹が描かれているとも読めるが、私は窓の外の現実の空に立つ虹だと読みたい。大きな虹の立つ世界とちひろの絵はつながっている。病室から出ることのできない子どもにとって、それらは世界そのものだ。

  全地球測位システム風死せり       中村美和子

 全地球測位システムとは人工衛星を用いて地上の位置を測定する技術である。カーナビやグーグルマップが私たちの現在地を示してくれるのはこのシステムのお陰だ。全地球測位システムという言葉のものものしさがこの句のミソ。あとは季語を置く字数しかないが、「風死す」は巧い。スマホ画面上の音のない地図と、風もなくじりじり日が照りつける地上とが重なって、まるで私たちが巨大なシステムの中に囚われてしまったようなそら恐ろしさが漂う。

  どんたくに遠くゐるなり(かりもがり)       山口 石祥

 博多どんたくは古いルーツを持つ博多を代表する祭。博多にわかというコミカルな話芸が披露される。祭に入れあげる博多っ子をのぼせもんという。
 殯は土葬の時代の古い儀式だが、ここでは通夜のことだと読んでかまわないだろう。よりによってどんたくの最中に通夜とは……。のぼせもんの作者の落胆が「遠くゐるなり」ににじみ出ているような気がした。

  相鎚の如く飲み屋のキャベツ儼む     坂本  空

 居酒屋がサービスで出すザク切りのキャベツである。相手の話を聞きながら、そのキャベツに手を伸ばし、ばりばり齧る。「相鎚の如く」が面白い。所詮その程度にしか話を聞いていないのか。あるいは相手の話を反芻しているのか。ちなみに、キャベツのザク切りは博多発祥のサービスである。

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