今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  久女忌や葉牡丹の渦盛り上がる      森  澄子

 杉田久女の命日は一月二十一日。大寒前後の一年で最も寒い時期だ。葉牡丹はその寒さをものともせず、緑色の葉に周囲を縁取られて、白や紫などの色鮮やかな葉が中心まで渦をなす。久女に葉牡丹という組み合わせは意外だったが、「渦盛り上がる」とまで言って釣り合った。近代の女性俳句の黎明期に虚子の唱える台所俳句から手を染めながら、久女はやがて「花衣ぬぐやまつはる紐いろ/\」「風に落つ楊貴妃桜房のまゝ」といった絢爛たる作風を開花させ、自らの才能を恃み、過剰なまでの情熱で俳句に邁進した。
 西洋から移入されたものかと思いきや、葉牡丹は江戸時代から伝わる古典的な園芸植物だった。放って置けば盛り上がった渦にやがて薹が立ち花を咲かせるのだが、それを待たずに処分されるのが普通である。崇拝に近いほど敬慕した虚子から突然「ホトトギス」を除名されて俳句生命を事実上断たれた久女のあわれに、どこか通うものがある。
 福岡の会員以外は作者の森澄子さんを知らない人が多いだろう。もう二十五年も前のこと、福岡に転勤になった私は今の福岡支部の原点となった小さな句会に迎えられた。焼酎好きの男ばかりの句会に数少ない女性として加わっていた一人が森さんだった。寡黙な人だったが、その後も営々と句作を重ね、今や個性派として揺るぎない存在感がある。あの森さんがついに巻頭かと思うと感慨深いのである。

  雪に落つ物干竿の雪雫          赤井 正子

 正直な句は読者を惑わさない。この句のような正直さがまっすぐ読者の心に届くのは俳句ならではだろう。夜の間に降った雪が、地面にも物干竿にも積もった。物干竿の雪は朝日を浴びて解け出し、地面の雪にぽたぽたと雫を落とす。こう書いて、あらためて無用の解説だと思う。作品そのものを読者の心が素直に受け止めればそれでよい句なのだ。

  子を寝かす手の眠りたる春の雪      馬越 洋平

 子守歌を聞かせ、手であやしながら、子を寝かしつける。歌が聞こえなくなったと思ったら、手も止まっている。母親も寝入ってしまったのだ。作者はそれを傍らで眺めていたのだろう。「手の眠りたる」と焦点を絞ったことで母と子の健やかな一瞬が捉えられた。外は春の雪。音の消えた世界に母と子の寝息だけが聞こえるようだ。

  クリスマスキャロル履けない靴ばかり   佐藤栄利子

 クリスマスキャロルの流れる街の靴屋を覗いて靴を眺めている。どの靴も今の自分にはなじめない。これこそ自分らしいと思える靴が見つからない。それは靴に限ったことではないのだと思う。自分らしさが見つからない。どれもこれも借り物の自分だと思う。ショーウィンドウに映った自分の表情に気づくと、それは都会の孤独そのものだ。

  木枯に帰る家あり待つ灯あり       曽田 保子

 木枯にコートの衿を立てて家路を急ぐ。「帰る家あり」だけでは平凡だが「待つ灯あり」と重ねて心惹かれる句になった。家には家族の待つ灯がある。畳みかけた言葉の勢いは、早くその家のドアを開けたい心の逸りそのものだ。

  薪は焼べ炭は継ぐなり年用意       上杉 游水

 確かに、薪は焼べるもの、炭は継ぐものである。電気とガスと石油で用の足りる現代においては、薪も炭も身の回りから消え、それを扱う言葉も消えていく。昔の生活様式に寄り添った言葉に対する愛惜の込められた句である。配した季語もこれがベストだろう。

  舌打の音すマスクの誰かから       大塚絵里香

 冬になるとやたらにマスクをする現代の日本人に、薄ら寒い人間関係を見出したユニークな一句。マスクの季語からは意表を突く着想だが、大塚さんは時折こういう突っ込み方を見せてくれる。どのマスクの内から聞こえた舌打ちなのかわからない。匿名性に隠れて過激な言動が横行するネット社会のアナロジーのようでもある。

  尉鶲画帳久しくひらかざる        中江すみ江

 かつては絵を描くことに親しんだのだ。冬枯の庭に降り立った尉鶲の美しい色合いに、久しく忘れていた絵心を動かされたのである。だからといってまた絵筆をとることもないのだけれど、心の中の画帳には端正な日本画の尉鶲が色鮮やかに描かれ始めている。

  ちんば一生来世は鶴に生まれたし     星野 石雀

 石雀さんの句となれば、「来世は鶴に生まれたし」をそう素直に受け取るわけにもいかない。足を引きずる自分にいじけ、鶴のように自由な奴らを妬む。だが、そんな屈折の先には、やはり転生への甘美な願いがあるのだ。ちんばは差別用語に属する。文芸上の必然性がなければ安易に使えないが、この句にはそれがある。「ちんば一生」で生きた句である。

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