今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  花冷の紅筆に紅余したる         安食美津子

 美しい句である。一句の焦点は紅筆に余した口紅に絞られているが、描かれているものはそれにとどまらない。花冷の曇り空、咲き満ちた桜、血の色のほのかに透けた女性の肌、そして紅筆で丁寧に紅を引いた唇。白から紅へと次第に濃くなる色調。(かさね)の色目や仏画の繧繝彩色(うんげんさいしき)を思わせる同系色のグラデーションが、この句の美しさの源泉である。余韻のように浮かぶ女性の物憂い表情もまた古典的な美しさだ。

  花冷や赤い信女となりし母        倉本 萵苣

 夫に先立たれた女性を赤い信女と呼ぶ。だから、母が未亡人になったと言っても意味は同じだが、赤い信女という言葉なくしてこの句の味わいはない。夫の戒名に並べて○○信女と妻の戒名を墓碑に刻む。ただし、生きているから妻の戒名のほうには朱を入れる。それが赤い信女の由来だ。
 赤い信女としたからこそ、母と作者が墓の前に佇む情景が見えてくる。墓の中の夫に待たれながら、戒名が赤い間、母はこの世にとどまるのだ。安食さんの句と同様、花冷と赤い色の対照が読者の目に鮮やかな印象を残す。

  東京の空は遠浅春の月          酒井 游山

 東京の夜空は遠浅である、その比喩的な断定にまず詩的な魅力がある。田舎のような深い闇がないということなのだろう。しかし、そう解釈したところでおもしろくもない。あくまで遠浅という断定がよいのだ。都会の街明りを映してどこまでも遠浅の空。月の光がさざ波をなす。潮干狩でもするように、沖へ向かってどこまでも行けそうな気がする。少なくとも作者の気分は、夜空の沖まで歩み出ている。

  湘子忌の沖へ沖へと離岸流        田下 昌人

 俳人の忌日は、その俳句作品を踏まえて詠まれることが多い。多いだけに陳腐にもなりやすい。この句は湘子の代表句「愛されずして沖遠く泳ぐなり」を踏まえているのだろう。しかし、内容は異色。通り一遍の踏まえ方ではない。
 離岸流という言葉は海水浴客の事故の報道で耳にすることが増えた。海岸から沖に向かう強い潮の流れで、引き込まれるとたちまち沖に流されてしまうという。そのような言葉を用いたことが異色なのだが、湘子の孤独の深さとそれに対する作者の共鳴は比類なく強く感じられる。

  樺発ちし真鶸の群や雪解川        大滝 温子

 よくできた自然詠は読んで気持ちがよい。雪解の始まった白樺林をぬって勢いよく川が流れる。その木立から真鶸が一斉に群れ立ったのだ。真鶸は秋に渡って来る小鳥を代表するものの一つ。だから秋の季語なのだけれど、真鶸の印象的な黄色は、万象枯れて雪をかぶった冬のほうが目につく。雪解の時期ともなれば、北の大陸へ帰っていく日も近い。作者が実際に目にして得られた感動が一句に凝縮されている。

  指先で呟く人に亀鳴けり         小島 月彦

 この句の作品としての寿命は短そうな気がする。それでも「今」を詠みたいという作者の思いを受け止めたい句なのである。世相の移り変わりは早いから、それを追えば作品も短命になる。それでも時代の切っ先には迫りたい。  「指先で呟く」とは、つまりスマートフォンの画面でツイッターを操作しているのである。いわゆるSNS、ソーシャル・ネットワーキング・サービスは現代のコミュニケーションの大きな部分を担っている。ツイッターは世界中で三億人以上の人が使い、一四〇字以内で発信される情報は世界中どこにでも届く。しかし、その一方で、すぐ隣にいる現実の人間には関心もない。それがほんとうのコミュニケーションなのだろうか。米国大統領までが世界を揺るがすような政策を指先で呟いているとなると不安にもなる。作者はその不安を背景に架空の季語の亀を鳴かせたのである。  余談ながら、ツイッターの日本語版ではツイートが「呟く」として定着しているが、本来の意味は「囀る」である。

  国境の赤土灼けて女佇つ         河本 光雄

 地面に引かれた国境を、島国の日本人は具体的に意識しにくい。私たちの意識の欠落を突いてくる句だ。乾燥地帯の国境、トランプ大統領が壁を築くと主張するアメリカとメキシコの国境だと思ってもよい。あらゆる物資、資金、情報、人間が国境を越えて巡るグローバル化の時代に、時代錯誤のように国境の意識が先鋭化している。作者が国境に立たせた女の目には何が映っているのか。

  馬洗ふやうに車を洗ひをり        景山 而遊

 作者と同世代の私の父もまだ車を運転する。高齢者の運転ミスによる事故がさかんに報じられているが、車がなければどこにも行けないという現実がある。そんな大事な相棒を詠んだのが掲句だろう。炎暑に耐えて一日の仕事を終えた馬を洗ってやる。そんな昔の人の思いが、自分の車に対して湧きあがることに作者は驚いているのだ。

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