今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  梟に夜戸出のすがた見られけり      並木 秀山

 朝戸出(あさとで)は朝、戸を開けて外に出ること。一夜明けて女のもとを去る場面に使われる。掲句の夜戸出(よとで)は夜、戸を開けて外に出ること。いずれも万葉集の言葉である。
  我妹子(わぎもこ)が夜戸出の姿見てしより心(そら)なり(つち)は踏めども
                      (「万葉集」巻第十二)
 恋い慕う女性の夜戸出の姿を見てしまった。人目を忍んで誰かを迎えるところだったのだろうか。それ以来、地面を踏んではいても、心は上の空なのだ。
 並木さんは明らかにこの歌を踏まえている。新年句会で初めて読んだときは、女性の句だと思った。誰も見ていないと思ったのに、梟に見られてしまったことだよ。格調高く古典を踏まえながらコケティッシュな魅力があって私はこの句に一ころだった。だから作者が並木さんと知って驚愕した。
 この句の主人公はどうしたって女性でなければ困る。並木さんはまんまと万葉の乙女に成りすましたわけだが、いつしかこの梟が並木さんなのだとも思われてきた。古典に遊んで含意の豊かな一句なのだ。

  熊眠る銃声夢を貫かむ          荒井  東

 雪をかぶった深い森に猟銃の銃声が響き渡る。それは冬眠中の熊の見る夢をも貫いたことであろう。想像の句だろうになまなましい読後感がある。夢の中で驚いて目を覚ます経験を誰しも持っているからだろう。この句は調べがよい。一歩間違えば作り話になってしまう材料だが、引き締まった調べがそう感じさせない。甘美な陶酔さえ覚えるのである。

  スーパームーン寒林隅々まで応ふ     志賀佳世子

 楕円軌道を回る月は、地球に近づいたり、地球から離れたりする。近づいたときの満月は地球から見た面積が三割も増す。その大きな月がスーパームーンだ。
 流行った言葉を安易に俳句に使うと痛い目にあう。志賀さんなら十分承知のはずだがあえて踏み込んだ。「隅々まで照らす」だったら凡作である。宇宙空間のスーパームーンと地上の寒林の交感を捉えた「応ふ」の一語がこの句に神々しさをもたらした。言葉を求めてもうひと頑張りする、その努力を惜しんで凡作に甘んじる作者が実に多い。

  罵つて泣いてマフラーして帰る      柏倉 健介

 まるでドラマでも見るよう、という月並な感想がこんなに似合う句もない。男の部屋を訪ねた女。不実を罵り、泣きわめき、それですっきりしたのかマフラーを巻いて帰った。俳句表現を引き締めるには動詞を減らせというのが一つのセオリーだが、この句は逆を行って成功している。季語のマフラーが唯一の名詞として存在感を発揮している。

  嫁に来て初めてひとり三が日       本岡 寿子

 正月の三が日をひとりきりで過ごした。それが嫁に来て初めてのことだという独白に、作者の人生が浮かび上がる。夫とその両親に迎えられ、子どもたちと三世代でにぎやかに暮らした時代もあったのに、両親と夫には先立たれ、子どもたちは巣立った。その人生を背負っての「初めて」なのだ。それでもこの句には静かな明るさがある。この家を守るよろこびが今の作者を支えているのだろう。

  追ひついてともに潜くやかいつぶり    矢島 晩成

 寒々と広がった水面につがいのかいつぶりが泳いでいる。見れば遅れていた一羽が次第に前の一羽に近づいている。ついに追いついたと思ったそのとき、そろって潜って見えなくなった。いかにもかいつぶりらしい動作だと感心する。
 写生は瞬間を切り取るもの。時間の経過を詠むと写生がゆるむ。ただし、それは一般論であって、この句の場合は経過を詠みながら少しもゆるみがない。潜った一瞬に感動が収斂しているからだろう。そして、今度はどこに浮き上がるかと見守る作者の視線が一句の余韻のようにたゆたう。

  狐鳴く山墅や榧の月若し         瀬戸 松子

 材料の多い句だ。一句の材料を増やし過ぎてはいけない。ゆったりした余白の中にこれぞという対象をしっかり見せればそれでよい。ただし、それも一般論。この句は材料が多いのに一幅の文人画でも見るような調和がある。狐の鳴き声の聞こえる山墅にはどんな隠者が暮らしているのか。庵を覆うような大きな榧の木に、月齢の若い繊月がかかっている。五七五によくぞ収まった濃密な情景である。

  日帰りの京都なりけり日脚伸ぶ      金丸 綾子

 せっかくの京都なら泊まっていきたいけれどその時間がない。それでも関西まで来たのだから少しは寄っていきたい。そんな旅程の一日を京都の散策に当てたのだろう。
 「日帰りの京都」という軽いフレーズに「日脚伸ぶ」の季語が実によく似合う。帰りがけの京都駅のホームに立ってずいぶん日が伸びたと気づく。あわただしかったけれど、やっぱり京都まで来てよかったと思う。

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