今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  近づけばただの石ころ冬あたたか     辻内 京子

 書いてあるその通りの句である。冬にはめずらしい陽気に誘われて散歩に出ると、道の先に何かが落ちている。近づいてみたら、なんだ、ただの石ころだ。いかにも「冬あたたか」だなと思えること以外、ただそれだけ、という内容なのに、どうして私は心惹かれるのだろう。
 どうやら私はこの句に人生というものを見ているらしい。ここしばらく楽しみにしていたこと、あるいは心配していたこと。子どもの頃に想像した未来、若い日に夢見た将来。どれも近づいてみたら、何てことないただの石ころだった。しかし、それでひどくがっかりしているわけでもないらしい。その石ころが自分の人生だと思えば愛おしい。
 私はこの句をそう読んだということだ。恣意的な解釈ではないかと二、三日眺めていたが、それで間違っていないと思える。ただし、作者自ら人生を語るような顔を見せたらとたんにつまらなくなる。作者はとぼけているのがよい。だからこれは書いてあるその通りの句でよいのである。

  船窓を打つ大波や毛布着る        百橋 美子

 日本海をゆく夜行フェリーを想像する。冬は荒れるのが常といっても船窓まで伸びあがる大波となるとただごとではない。大きな船が大揺れである。私も二十年ほど前に関釜フェリーで同じような目に遇ったことがある。
 ソー、オー、モーの三つの長音の連なりがこの句の調べを内容に適ったものにしている。その調べがそのまま行き交う大波を表すのだ。眠ることもままならず毛布を引っ被った作者が、船室にひとり取り残されたようにぽつんと見える。

  木枯やダイダラボウを仰ぐ猫       本多 伸也

 この句のダイダラボウは、広辞苑によれば、だいだらぼっち、大(だい)太(だ)法(ぼう)師(し)などとも呼ばれて東日本に広く分布する伝説の巨人である。絶大な怪力を有し、富士山を一夜で作り、榛名山に腰かけ、利根川で脛を洗ったとか。
 この句の猫は、木枯の吹く空をじっと見上げていたのだろう。その猫の視線の先に、猫にしか見えないダイダラボウがいると作者は感じたのだ。その幻想には絵本を読むようななつかしさもあって魅力的である。
 実はそう読んだ後で、作者の住む水戸市の大串貝塚ふれあい公園に高さ十五メートル余りのダイダラボウ像があることを知った。知った以上一応記しておくけれど、掲句を読むときには忘れておくに限る。

  灯点すも消すも紐引き冬ぬくし      安藤 み江

 リモコンで操作できる電灯も増えた昨今、紐を引いて点ける電灯はそれだけで時代を感じさせる。既によく詠まれている素材ではあるのだが、掲句は点すのも消すのも同じように紐を引くのだと気づいたところにつつましい発見がある。日常の発見と言えば次の句を思い出す。
  温めるも冷ますも息や日々の冬      岡本  眸
 この句のあざやかな発見に比べれば、安藤さんの発見は地味である。しかし、そうと気づいた時の作者の心のありようは確かに感じられる。それが日常句の魅力というものだ。

  凍星や外を楽しむ愛煙家         田中 未舟
  マスクしてあらはな顔を侮れる      加藤 香流

 皮肉の効いたユニークな発想の句を二つ。
 まず田中さんの句、会社でも家庭でも、屋内では許されない煙草を寒空の下で吸う喫煙者の姿が当たり前のものになって久しい。何も星を見上げて外を楽しんでいるわけではないのだ。「愛煙家」という言い方もチクリと刺さる。
 加藤さんの句、冬になると都会の人混みにはマスクの人があふれる。マスクをするのが普通になれば、いつしかマスクをしていないことが普通でなく見えてくる。健康的に顔をさらす人を密かに侮るマスク派に対する皮肉、これはたぶん自嘲でもあるのだろう。

  風呂吹や欲しけりやあげる津波畑     小林 水明

 小林さんは会社の定年後、海岸近くに家と畑を得て念願通りの老後の生活に入った。それが津波であっという間に失われた。夫婦で命が助かっただけ僥倖だった。
 津波の被災地の自治体では高台への集団移転計画が進められている。住むことのできなくなった土地はどうなるのか。詳しい事情は知らないが、二束三文の買取価格が提示されたというところか。中七に口惜しさと腹立たしさが滲む。それでも季語でどうにか救われる。いわゆる震災詠が綺麗事に過ぎると思われてしまう現地の今がここにある。

  枯蘆の途切れて水面光りけり       水木余志子

 作者は岡谷の人だからこれは諏訪湖だろうか。枯蘆はさまざまに詠まれているが、この句は衒いのないシンプルさがまっすぐ心に届く。蘆原の切れ間に見えた水面は寒々と静まっていたか、あるいは春の期待に満ちて輝いていたか。シンプルな分だけ読者それぞれの心の風景を呼び覚ます。

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