今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  転院の父の小さき荷町薄暑       本橋 洋子

 入院や退院を詠んだ句は多いが、転院というのはめずらしい。そしてこの一語が切なく響く。
 思い返せば七年前の法師蟬の鳴きしきる残暑の頃、私の母は木立に囲まれた静かな病院に転院した。そこではもう癌の治療はしないと言われていた。転院にはもちろんさまざまな事情があるのだろうけれど、掲句の寡黙な描写はそれをおのずと語っているように思われる。人生の終わりに必要なのはこれっぽっちのものなのかと荷物の少なさに作者は胸を打たれたのだ。車から降ろしてストレッチャーに乗せた父の額に滲む汗をハンカチで押さえてやる。
  麦秋や酒ふりて燃す父の杖          洋子
 この杖も転院の荷物の一つだったろうか。この世の地面を踏んで歩くことはもう叶わないのだ。

  葭障子隔てて死者の横たはる      沖  あき

 夏になると襖を外して葭障子を立てる。冷房が普及する前から変わらない昔ながらの日本家屋だ。そのような暮らしをしていれば襖が冬の季語、葭障子が夏の季語であることが自然に実感されよう。そして今、葭障子の向こうに白々と横たわる死者の姿が透けて見える。
 そのありようが私たちにとっての死そのもののように思われて胸を突かれた。かすかに風が通い、まるで寝息が聞こえてきそうに涼し気だが、そこには厳然と死がある。葭障子を隔てて死はすぐそこに親しくあるのに、その隔てを越えて向こうに行くことは生きている限りできないのである。

  しやぼん玉吹く走るすべて忘れる    清水 右子

 五七五をずらした破調が小気味よい律動を生む。「しやぼん玉吹く」「走る」「すべて忘れる」の三つの動作を並べながら、最後の「すべて忘れる」への飛躍が鮮やか。句またがりの言葉がひとかたまりに押し寄せる。そして、その飛躍を納得させるのは、あたかも助走のような「走る」である。
 近所の子供でも見ていたのだろう。「しやぼん玉吹く走る」まではその写生。しかし、「すべて忘れる」で一句の主人公は作者自身にすり替わっている。嫌なこともすぐに忘れて明日に向かえた幼い頃の心へ作者は飛躍したのだ。

  陽炎や女の口は嘘をつく        藤原 文珍

 何も女ばかりではない、男だって嘘をつくだろう、と反論しても始まらない。この句のポイントは「女は」ではなく「女の口は」であるところ。作者は今まさに見え透いた嘘をつく女の口を見ているのだ。空々しい言葉は耳に入らず、ただ唇だけが動いている。その描写を踏まえて、一句は一般論に展開する。取り合わせた陽炎は、作者の、そして騙される男たちすべての怒りとも嘆きとも見える。

  下船待つ扇子忙しくなりにけり     林田 美音

 短歌ならば「なりにけるかも」、俳句ならば「なりにけり」、どちらも短歌らしく、俳句らしく調べをととのえるだけでたいした意味はない。それだけに冗長にもなりやすい。
 掲句の「なりにけり」がピシッと決まっているのは、ひとえに上五中七の簡潔な描写のよろしさゆえである。船旅の終わり、船が桟橋に着くと急に暑さを覚え、下船の列に扇子がはためく。町に出てからの予定を思う気ぜわしさもまた扇子の動きに現れているようだ。

  卯月八日さざなみの照り遥かにす    今野 福子

卯月八日という季語、『角川俳句大歳時記』は山開きの傍題にしているが無理がある。この項立ては昭和三十九年刊行の『図説俳句大歳時記』に倣ったもの。解説を担当した角川源義が卯月八日について長々と書いている。歳時記に生かしたくて苦肉の策として山開きの傍題にしたのだろう。
「卯月八日の種まかず」という諺があるそうだ。この日は田の神が山に帰る日だから農作業は控えるのである。地方によっては、山の神が里に下って田の神になる日だともいう。いずれにせよ、土着の信仰に基づくさまざまな習俗が各地に伝わっている。卯月八日を知らなくても不自由はないが、知っていればなんとなくなつかしさが胸に宿る。掲句はそのなつかしさに目を細めただけのもの。それでよいのだ。

  モルヒネに眠りたき日や薔薇の庭    利普苑るな

 利普苑さんが癌で亡くなったのは五月二十七日。翌月になって私が手にした彼女の投句葉書の消印は五月二十三日。ほんの少し乱れているがいつもの彼女の字だ。自分で書いて家族に投函してもらったのだろう。
  莫兒比涅(モルヒネ)の量増せ月の今宵也      尾崎 紅葉
 尾崎紅葉は胃癌で死んだ。まだ三十五歳だった。亡くなる月に門下生を集めて観月の会が催された。せっかくの月見の宴だ、モルヒネの量を増やして痛みを忘れさせてくれ。明治人の気骨を見せる紅葉に対して、利普苑さんの目には薔薇の咲く庭があるだけだ。しかし、その美しいこと。彼女にはそれがこの世そのものだと思われたことだろう。

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