今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  アパートの明るき名前冬の草     夕雨音 瑞華

 「希望荘」という名前が思い浮かんだ。試しに不動産情報を検索すると希望荘は全国各地にある。その一つは京王線中河原駅徒歩四分、間取は六畳一間と台所、家賃月五万円、築三十八年、外階段のある二階建、洗濯機は外置き。アパートとはこういうものと絵に描いたようなアパートである。
 掲句のアパートも相当古びているのだろう。うらぶれた外観と明るい名前の落差に作者は感心したのだ。しかし、この句は皮肉だけでは終わっていないと思う。このアパートに暮らし、冬草が日の光を求めて地面に葉を広げるように明るい将来を夢見た人々。ここから巣立ったさまざまな人生に思いが及んで、自分も励まされるような気持になったのだ。
 次の句もおもしろい。

  ミカン箱積まれし島の支所寒し        瑞華

 蜜柑の収穫期の瀬戸内の島だろうか。観光で来てもおよそ目を向けないであろう風景。それなのに俳句になるとおもしろい。誰の目も借りず作者自身の目で見たことが俳句としての鮮度を高めているのだ。

  おでん・グミ・マスク・コンビニ依存症 栗原 修二

 二十四時間休まず営業しているコンビニは、特に夜の遅い都会の生活には不可欠のものだ。これといった用がなくても帰りに必ず立ち寄ってしまう。おでんとグミとマスク──並んだものが絶妙だと思った。なければ生きていけないというわけでもないけれど、見かけると買っておこうかと思う。俳句に「・」を用いるのは好まないが、この句に限っては、店の棚に手を伸ばす間合いも連想させて悪くない。

  柞葉の母に柚餅子を買ひにけり     濱田 ふゆ

 枕詞自体に意味はないと言っても、それが言葉である以上はなんらかの印象を残す。母の枕詞でも「柞葉(ははそば)の」と「垂乳根(たらちね)の」では印象が異なる。作者はそこに目をつけたのだ。頼まれて母の好物の柚餅子を買って帰る。柞とは櫟や楢などの雑木。秋に葉が色づき、やがて枯れて風に音を立てて散る。そんな印象が母を思う心情に重なるのである。

  笹鳴や使はぬ部屋のちひろの絵     篠田 静子

 鶯の笹鳴の聞こえる穏やかな日和。「使はぬ部屋」といっても最初から使っていなかったわけではない。かつて使われていた名残が壁に掛かったいわさきちひろの絵なのだ。子ども部屋だったのだろう。その子は巣立って久しい。がらんとした空き部屋だが、作者の目にはちひろの絵を通して往時の様子が隅々まで目に浮かぶのだ。

  流れくる歌口ずさむクリスマス     北野 妙子

 この句のうまいのは上五の「流れくる」だ。街にクリスマスソングの流れる頃、耳になじんだ旋律が聞こえて来て、気がつくと自分も鼻歌まじりに口ずさんでいる。そこに目をとめたのが新鮮なのだ。なんだそのくらいのことと思う勿れ。そのくらいのことを見つけるために、いつも俳句のスイッチをオンにして待ち続けることが必要なのである。

  掃き寄せて残り火立たす師走かな    古屋 德男

 材料は目新しくもなく地味な句だが好もしい。古屋さんはそういう句を倦まずこつこつ作ってきた。「残り火立たす」がよい。勢いを取り戻した炎を見つめる。今日一日を、今年一年を、そして自身の人生を惜しむような心持ちがある。

  松飾る生き死にの沖爛爛たり      榊原 伊美

 一人一人の生き死ににかかわらず、正月に松を飾る人の営みは連綿と続く。そしてその人の営みより遥かに昔から、沖は爛爛と輝き続けている。東日本大震災から五年。榊原さんも震災後連絡がとれず心配させられた一人だ。掲句の沖は津波を、松飾りはなぎ倒された松原を思い起こさせる。

  どんどの火人間われのゆらめけり       伊美

 五年を経てなお、この句にも無常観は滲んでいるようだ。

  街の灯の吹き落とさるる冬の川     渡辺 遊太

 強い北風が吹きつけて川面が波立つ。思わず衿を立てて首をすくめる。風をやり過ごすと街の灯が寒々と川に映っていた。そんな経過も想像させて、「吹き落とさるる」が力強い表現である。作者はいわきの人。この川にも津波が押し寄せたのだろうか。

  息白く海の時間に囚はるる       髙柳 克弘

 宇宙に地球が生まれ、地球に海が生まれ、海に命が生まれた。その途方もない時間を思っているのか。
 私は東日本大震災のあと「文藝春秋」の依頼で津波に襲われた被災地を訪ねた作者の見聞録を思い出した。

  瓦礫の石抛る瓦礫に当たるのみ        克弘

 季語の通用しない現実を前にそのとき詠まれた無季俳句。しかし、すべてが失われたと見えても、自分が立てばそこに季語が生まれる。そう気づいた「息白く」に感動がある。

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