今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  造り滝みづべらべらと落としをり    奥坂 まや

 卓抜な擬音語、擬態語には、そのものの本性まで露わにする力があるようだ。造り滝にもいろいろあるが、日本庭園の滝口はいかにも自然に作られていてこの句のような感じはしない。この句の造り滝は、ホテルや公園や地下街といった人工的な場所にしつらえたそれだろう。ポンプで循環させた水を際限なく吐き出す。あの水の印象は確かに「べらべらと」だ。まるで造り滝自身が作り物であることを笑いながら白状しているようでもある。
 奥坂さんの句では六月号の、

  きさらぎやはりと開きて新刊書        まや

も「はりと」が鮮やかだった。買ったばかりの新刊書を開いた感触がくっきりと思い出される。どちらの句も、ものがその本性を見出されて喜んでいる様子が見えるようだ。

  けふがまだ明るき谷中生姜かな     甲斐 正大

 夕飯か、あるいは夕飯前の晩酌か。いずれにしても外はまだ明るさが残っている。明るいうちの夕飯というのはたくさん詠まれていると思うが、「けふがまだ明るき」という言い回しに今日という日への愛惜がある。平穏だけれど充実した一日だったに違いない。そして、何を食べてもよさそうなものだけれど、やはり谷中生姜がよい。味噌をつけて齧ったところだろうか。すがすがしい辛味もまた今日一日の健やかだったことを伝えてくれる。

  雨に火をもてなすロッジ秋深し     中嶋 夕貴

 黄葉のすすんだ落葉松林を雨に降られて歩いてきた。作者もそんなハイカーの一人だったのだろう。雨具を脱ぎ、薪を燃やす暖炉のそばで髪を拭う。身体の芯に火に暖まった血のぬくもりがめぐりだす。「雨に火をもてなす」の言い回しはロッジへの親しみをこめながら簡潔で手際がよい。いかにも晩秋。雨に濡れた森の香りがしのび寄るようだ。

  百日紅あたま丈夫に生きたしよ     佐武まあ子

 からだが丈夫でありたいというのは誰でも思う。しかし、あたまが丈夫にというのは初めて耳にした。これが率直でよい。要するに惚けたくないのである。からだはあちこちガタがきている。いまさら丈夫にとは願わないが、せめてあたまは丈夫に生きていたいのだ。これもまた言い回し一つで新鮮になった。言い回しという言葉を三句続けて使ったが、その言わんとするところを汲んでほしい。常識も言い回し一つで新鮮になる。常識はみんなのものだが、言い回しが作者自身のものであれば、そこに作者がはっきり現れる。

  他人とは思へぬ猫や夜の秋       加藤 静夫

 他人とは思えないという言い方は、ふつうは人間に対して用いるものだろう。それを猫に用いたおかしみがこの句の眼目ではあるが、どうもそのおかしみだけにとどまらない作者の真情が滲んでいるように思われるのである。何不自由ない飼い猫というわけではあるまい。かといって薄汚い野良猫でもない。気のせいかもしれないが、作者は「他人とは思へぬ」という感情をこの猫を相手に初めて抱いたのではないか。ちょうど夏の夜にはじめて秋の気配を感じたように。

  原子炉は水を欲しがる法師蟬      山内 基成

 原子炉だって好んで制御不能になったわけではない。ほんとうは正しく制御されて世の中の役に立ちたいのだ。だから水を欲しがるのである。電力業に携わる人らしく、原発の立場に立った切実なフレーズなのだと受け止めた。しかし、欲しがる水の量が多いうえにすぐに汚す。そしてもっと水を欲しがる。原爆直後の広島や長崎の人々が水を欲しがってさまよったという話がふと重なって戦慄を覚えた。

  晩夏光かなしかつたのだ光は      林  達男

 晩夏の光を見つめていて、初めて光がかなしいものだと気づいた。それは、この夏の終わりに到って、初めて人生がかなしいものだと気づいたということでもあるのだろう。作者の中で人生の何かが一つ終わったのだ。破調が口語表現を引き締めている。「鷹」ではめずらしいタイプの一句である。

  掌を出せばまだ雨のあり秋の蟬     片野 秋子

 日常の中に詩を見出す、まさにそんな句。空が明るくなって法師蟬が鳴き始めた。どうやら雨があがったか。スーパーに買物に行こうかと窓から手を伸ばすと、まだぽつぽつと雨が落ちている。まるで青空がまだ濡れていて、風に吹かれて雫を散らしているように。

  蓮の飯たつぷり供へ飢饉の碑      菊池不二生

 盂蘭盆の行事を通して先祖と確かにつながっている土地の暮らしぶりが窺える。飢饉に苦しんだ先祖にも蓮の飯をたっぷり供える。飢饉の苦しみからは解放されたが、さまざまな災害は引き続き私たちを襲う。先祖の経験を無駄にしないというこの地の祈りが季語に息づく。

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