今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  シクシクと陶土練りあげ桃の花     大石香代子

 掌に体重を乗せてリズミカルに陶土を圧す。熟練した陶工の手にかかると、土の塊はたちまち花が咲いたように押し広げられていく。「菊練り」と言うそうだ。「シクシクと」はその菊練りの感触を伝えて的確。陶土は適度に水分を含みひんやりしている。窓の外に見えるまばゆい桃の花と仄暗い工房の中の対比も印象的だ。
 作者はなぜ片仮名で「シクシク」としたのか。

  厚餡割ればシクと音して雲の峰     中村草田男

 オノマトペの名句として知られるこの句の「シクと」に対する作者の敬意を推察してもよかろう。

  いま出せば明日着く手紙冬の虹     柏倉 健介

 作者の世代であればメールが当たり前。それでもあえて手紙で気持を伝えたいのだ。手紙はもう書き上がっている。封をして切手も貼ってあるが、出すことに逡巡がある。この時間に投函すれば明日の晩には相手が読む。寒気のゆるんだ雨上がりの空気を深く吸って郵便ポストの前に立つ。
 そこから先は書かれていない。読者には冬の虹だけが残される。けれどもその虹の下で、手紙がポストに落ちた小さく、しかし確かな音を聞き止めることはできよう。

  食卓に明日出す手紙春の月       瀬戸 松子

 これも好もしい手紙の句である。季語の違いのせいか、これは相手に早く読ませたくて仕方ない手紙と見える。夕食の片付けも済んだ食卓にそれは置かれている。朝になったらすぐに投函に行こう。早く伝えたいならメールすればよさそうなものだが、相手に届くまでの時間が互いの気持を確かなものにするのだ。
 仲間同士のLINEのやりとりで返事の遅い人が反感を買うことが日常的になっている。すぐに返事が欲しいから自分もすぐに返事をする。そのため一日中スマホを見ている。コミュニケーションが便利になることと深まることとは別のことなのだろう。俳句の言葉は深く届くものでありたい。

  母逝きし今日の昔の春の雪       島田 武重

 母の命日である。それを「母逝きし今日の昔の」とは床しいことこのうえない。このフレーズだからこそ「春の雪」の下五がつきづきしく据わり、母の人柄がしのばれる。島田さんは言葉への関心が人一倍強く、今ではあまり使われない言葉をせっせと俳句に生かす。言葉の知識だけが威張ることはない。ふだんから使っている言葉のように息づいている。

  誰に逢ふ寒紅つけて逝きにけり     大石 幸子

 親しい友人の葬儀であろうか。死化粧をほどこされた死者は、病苦のあともとどめぬ明るい顔色。とりわけ唇の紅がうるわしい。誰に逢いに行くのか、作者には察しがついているのだろう。とうに亡くなったその人にやっと逢いに行ける。よかったわね、という呼びかけは自分の身に帰ってくる。自分の逢いに行く相手が作者の頭をかすめたかどうか。

  産休を告げる先生ヒヤシンス      片岡由美子

 女性教師が間もなく産休を取ることを教室で告げる。妊娠したこともそのとき初めて知らせたのだろう。あどけない小学校低学年より、性に興味を持ち始めた高学年、あるいは中学生がよい。晴れ晴れと面を上げる教師と、ふだんの先生とは違うまぶしさを感じる生徒。教室の空気が匂やかに明るくなる瞬間をヒヤシンスが伝えてくれる。

  引つぱつて冬日当てたる寝床かな    永井 セツ

 何と物臭なことよ、苦笑を禁じ得ないが、意外に誰でもやっていることではないか。蒲団を干すでもなく、あげるでもなく、敷いたままずるずる日の当たる縁側のほうまで移す。たぶんここ数日のうちに蒲団干しをしたばかりなのだろう。それでもせっかくの日差しが勿体ない。日差しが部屋の奥まで差し込む冬らしい生活の一齣だ。

  囀にいやよいやよの混じりけり     有田 曳白

 春を迎えた鳥たちがいっせいに囀る。林を歩む足をとめて作者はしばし聞き入っているのだろう。鳥たちは恋の季節、雄は雌を求めて朗々と囀る。実にいろいろな声があるものだなあ、と感心しているうちに作者の耳に飛び込んだのが聞こえないはずの雌の声。春を謳歌する鳥たちにユーモアを交えて唱和した俗っぽいけれど憎めない句である。

  海苔舟や帰帆に望む城白し       岩田 英二

 育った海苔を沖合の海苔shibiで採取し、舟に積んで港に戻る。海風はまだ冷たいが、波にきらめく光は春が来たことを感じさせる。高台に天守閣がはっきり見えると港も近い。この城は作者の地元の明石城か、あるいは大修理を終えて白さを増した姫路城か。播磨灘は海苔の産地で、兵庫県の収穫量は有明海苔の佐賀県に次ぐ。「帰帆に望む城白し」の格調高い調べに豊かな郷土を持つ誇りが表れている。

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