今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  芝に影落として秋の行きにけり     帆刈 夕木

 季節の終りの凋落の気配を捉えた句である。
 作者は芝生に何を見たのだろう。ひんやり濡れた芝生にはすでに色づいた木の葉が散り始めている。影という言葉は光の遮られた暗い部分を指すとは限らない。影とは本来ものの姿やかたちそのものである。作者が見たのは秋が去ってなお芝生に残る秋の余波(なごり)のようなものであろう。それはあと何日かするとはっきりと冬らしくなって消えてしまうものであるに違いない。
 去りゆく秋の影は作者の心の底にも映っている。人生の秋にはまだ間のある年齢の作者だが、この句には人生の秋の予感がある。見えないものを見るのが詩人、未来を原因として現在をその結果と考えるのが詩人──先日聞いた講演で中西進さんがそう話されていた。

  しんしんと肉の老いゆく稲光      岡田 芳昭

 どのような時に老いを感じるか。物忘れや息切れにふと老いを思い知らされることは大いにありそうだが、己を凝視しつつ「しんしんと肉の老いゆく」と認識するのはちょっと凄まじい感覚ではないか。わが身が肉として機能しなくなっていくことに対する恐れ、あるいは諦めがこの句の孤独感を深めている。稲光はなおそれに抗おうと見開いた作者の眼光のようでもある。

  冷淡の色の檸檬を投げ呉れし      小澤 光世

 男女の恋愛模様を軽くスケッチした一句なのだろう。意中の女となかなか深い仲になれないのだ。手にしていた檸檬を女がふいに男に放る。男はあわてて受け止める。檸檬の色を見つめる男をよそに、女はさっさと前を歩いて行く。
 中央例会では作者が判らないので私はそう読んでいたが、女性の句と知って読み方を変えてみた。呉れるという言葉は与える側からも使える。呉れてやるのだ。しかし、つれなく言うほど相手を疎んじているわけでもどうやらなさそうだ。

  傍に開墾の碑や墓洗ふ         吉田 博子

 石碑の類は総じておもしろい句にはならない。所詮他人事で報告に終ってしまうのだ。そこに作者自身は現れにくい。しかし、そんな材料でも扱い方次第でおもしろくもなるのだと掲句を読んで感心させられた。
 先祖が苦労して開墾した土地の一角に累代の墓がある。墓石はみな子孫に田畑を残せたことで胸を張っている。さて、ここから先は私の勝手な想像だが、せっかく開墾した土地も過疎化が進み耕作放棄地が目立つ。郷里を離れた子孫には墓参りもだんだん億劫になる。そろそろ家の近くに墓を移そうかなどという相談も聞こえてきそうなのだ。

  中華街抜けて港の秋の雲        加納 泰子

 中華街と言えば、横浜、神戸、あるいは長崎あたりが思い浮かぶ。いずれも古くから開けた港町だ。居留地に華やかな洋館を連ねる西洋人に対して、中国人は商売の嗅覚鋭くその周辺に自分たちの街を作った。しかし、時代は移って港の機能はすっかり様変わりした。岸壁に立っても遥かな埋立地にガントリー・クレーンの林立が見えるばかりで港らしい風情がない。それでも長い歴史のある港町は何かしらなつかしい。そんな懐旧の念も抱いて仰ぐ秋の雲なのだ。

  便所あるは家の端つこ冬近し      石橋 昭子

 便所が家の端っこにあるのは汲み取りと換気のためだったのだろうと想像する。そのような場所だから生活の中心からはなるべく遠ざけたい。しかし、最近のマンションなどの間取では必ずしも家の端っこというわけでもない。水洗便所の普及とともに便所は家の端っこである必然性を減じた。
 そのせいか、この句を読むと、便所がしかるべく家の端っこにあった日本家屋のありさまが思い出されるのだ。居間から便所に向かう廊下を踏んで足がしんしんと冷える。

  朝ぼらけ釈親鸞の忌日かな       砂金 祐年

 つかみどころのない句ではあるけれど、それがまた親鸞らしいとも思える。越後で流罪を解かれた親鸞は、愚禿釈親鸞と称し、常陸の国で二十年ほど布教活動を行った。水戸に住む作者には親しい存在なのだろう。わざわざ釈親鸞の忌日などと言う口吻にも作者の思い入れが感じられるのだ。武士の時代へ移る激動の時代に、憚らず妻帯し、悪人も念仏で救われると説いた新宗教の誕生を偲ばせる朝ぼらけである。

  新世界かいわい関東煮匂ふ       山本 良明

 新世界は通天閣の足許に広がる地域で、こてこての大阪らしさが味わえる。関西ではおでんを関東煮と呼ぶ。引きたての出汁の香りを尊ぶ関西にあって、汁を毎日煮返すおでんは野暮ったい。関東煮とは関東の田舎くささを笑う蔑称なのではないか。けれどそれはそれで旨いし、関西の人も喜んで食べている。良明さんはこういう煮しめたような言葉を使う名人だ。関東煮は「かんとだき」と読む。念のため。

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