今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  世は秕政なり草餅も税八分       志田 千惠

 時事は俳句に向かない。特に短歌との比較においてそう言われることが多かった。確かに俳句では短歌のように述懐することは難しい。たった五七五の言葉ではテレビが視聴者に訴えるような表面的、常識的な内容に終わりがちである。しかし、そこに俳人の懈怠があったのも事実だろう。東日本大震災と原発事故はその懈怠に雷を落とした。
 掲句は四月一日に先ず八パーセントに引き上げられた消費税を詠んでいる。秕政とは悪政のこと。散文にすればたいしたことは何も言っていないのだけれど、こう見事に畳みかけられると、まるで米騒動前夜のような勢いがあって痛快だ。そしてそれがたかが草餅の話だとあらためて気づくと力が抜けて楽しくなる。そこが俳諧。
 増税自体が悪いと言っているわけではあるまい。このままでは日本の財政が破綻するのは知っている。駆け込み需要だと世間が浮かれて高級品が飛ぶように売れた。それはそれでよい。金持ちが金を使えば景気も良くなる。
 しかし、草餅は増税前に買いだめする訳にもいかない。金持ちだからたくさん食うというものでもないから庶民も等しく税を負担する。こんな倹しい楽しみにまで……という庶民感情の噴き出た「世は秕政なり」なのである。

  花冷の定規すべらす図面かな      折勝 家鴨

 俳句には身のまわりのさまざまな小道具が登場する。それら小道具を通して作者の生活が表れる。しかし、多くの小道具は詠まれ方がパターン化している。その小道具がいきいきと使われている場面は意外に詠まれていない。定規、物差もよく詠まれるが、たいていは筆立か抽斗にあって、旧姓で記された名前がかすれていたりする。
 それに比べて掲句の定規は実にいきいきしている。建築事務所か大学の研究室か。花冷の作業場で製図台に広げた白いケント紙に定規をすべらせて図面を引く。今まで皆が熱心に詠んできた定規はなんだったのだろう。

  行合ひの軽き警笛初桜         川口 藍々

 狭い道で対向車と擦れ違う。一方の自動車が端に寄って停まり、もう一方の自動車が徐行しながらすり抜ける。そのとき会釈のようにクラクションを軽く鳴らす。誰もが知っている情景だが、それを俳句で説明するのは容易ではあるまい。
 ところが、「行合ひの軽き警笛」、これだけで済むのである。こういうフレーズを得ることは俳句の醍醐味だ。ここまでくれば初桜の取合せは余裕綽々。自動車のクラクションがこんな心地よい余韻を残すとは。

  真情の嘘も方便大石忌         高安美三子

 忌日の俳句は法要の行事とは関係なくその人を偲ぶものがほとんどだが、大石内蔵助の場合はそうはいかない。大石忌は祇園の一力茶屋で営まれる法要を詠むのが本来である。祇園に縁の深かった高浜虚子の歳時記には「接待の名妓・舞妓などの右往左往する様は一寸変った修忌である」とある。
 掲句は内蔵助が仇討の意志を偽るため一力で遊蕩を続けたことを踏まえていよう。それと同時に、祇園の芸妓の秘めた思いも匂い立つ。自分を慕う若旦那を家庭に戻すために心にもない嘘をつく。まことの思いから出たならば嘘も方便。祇園に生まれ育ち、舞妓、芸妓を経て茶屋の女将になった作者でなければ詠みがたい一句であろう。

  芹洗ふ笊の中にも流れあり       越前 春生

 まったく同じことを経験したわけではないのに、いつかどこかで確かに見た気になる。そんな句である。
 澄んだ流れは思いがけない早さ。笊を浸けるとたちまち泥煙があがる。ちぎれて浮いた葉が笊の中をすうっと流れて縁に止まる。冷たい水に手はたちまち真っ赤になる。

  迷ひ子の握る我が指チューリップ    加儀真理子

 動物園か遊園地か、作者は親にはぐれて泣きじゃくる迷子を見つけたらしい。屈みこんで慰め、手を引いて事務所に連れて行く。親も探しているはずだ。
 ふと、その子が自分の指をしっかり握りしめていることに気づく。今はこの人だけが頼り。ぎゅっと握りしめることで不安に耐えているのだ。次の句を思い出す。

  さみしきとき親指握れ春の山      友岡 子郷

 東日本大震災の一年後に詠まれたこの句は福島から避難した子に呼びかけている。子どものさみしさに寄り添って加儀さんの句と相通ずるものがある。

  風吹けば草の香深し夕霞        `島 啓介

 まだ草いきれというほどではないが、風とともに濃やかな草の匂いが吹きぬける。「深し」の一語は草の香の形容であると同時に、草原の奥行きを感じさせる。「風吹けば」も「夕霞」もすべてその奥行きを描くために緊密に組み合わされている。茫々たる奥行きだけを描きながら、そこに立つ作者自身の心持ちは鮮明に表わされている。

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