今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  片腕のべうべう鳴れり枯野行      島田みづ代

 作者の内面世界が剥き出しになったような情景である。枯野を行く作者の片腕が「べうべう」、現代仮名遣いで書くなら「びょうびょう」と風に鳴る。犬の鳴き声を古語では「べうべう」と表したことが思い起こされる。まるで犬の遠吠えのように片腕が鳴るのだ。

  友よ我は片腕すでに鬼となりぬ     高柳 重信

 片腕の異変がもたらす違和感、欠落感はこの句と遠く響きあう。島田さんの片腕もこの世からはみ出している。
 現実的に理解されることを拒んでいる句だから、読者それぞれの心の内に引き寄せて読むしかない。この片腕はまだ作者の肩にぶらさがっているのか、あるいは枯野のどこかに置き忘れて来たのか。いずれにせよその片腕は、遠い日のかなわぬ夢をんで離さないもののように思われる。

  雛僧の木魚ぽくぽく魚は氷に      安川 喜七

 年端も行かぬ小僧が木魚を叩きながら御経を上げている。一所懸命声を張り上げているがいつのまにか眠くなって手許があやしくなる。「魚氷に上る」は七十二候の一つで魚が氷の上に躍り出る季節。立春を過ぎ日差しも明るさを増す。
 この句、二月の中央例会では次の形で出句されていた。

  氷に上る魚僧さまに木魚かな

 これでは調べが悪くて「魚氷に上る」と木魚を引っ掛けた理屈ばかりが目立つ。そんなことを話した気がするが、改案は見違えるような出来栄えだ。九十歳を過ぎても中央例会に通い続ける安川さんの執念を見せつけられた。

  老人をくばり行くバス春の雪      名取 節子

 預かった老人たちをデイサービスの車がそれぞれの家に送り届ける。介護保険の時代の見慣れた光景だが、「くばり行く」の一語が老人を宅配の荷物のようにも見せて現代の世相の一端をえぐり出している。春の雪もよい。車が走れるうちに配り切ろうと急ぐ様子が窺える。名取さんの年齢に鑑みれば、作者もまた配られる老人の一人なのだと想像される。だからこそ、自分を放下したユーモアがある。

  日脚のぶマクドナルドに入りまどふ      節子

 この句にも惹かれた。孫にでも連れられて入ることになったのか。「くばり行く」の即物的な言い回しに対して、こちらは「入りまどふ」の古風な言い方が老人の心情を吐露するにふさわしい。

  沖縄は国の本弭(もとはず)つばくらめ  三浦 啓作

 本弭とは弦をかける弓の下端のこと。日本列島が弓形だというのは常識だから、いくら詠んでもオリジナリティは生まれにくい。しかし、沖縄が弓形の下端を支える本弭だと言われると、そこに作者のオリジナリティが刻みつけられる。
 米軍基地や尖閣諸島をめぐる問題で騒がしい昨今の状況を作者は踏まえているのだろう。本弭の沖縄が揺らげば日本という弓自体がぐらつく。沖縄が弓形を支えているからこそ日本の今日がある。南方から渡って来た燕を見上げて、作者はそんな思いを強くしたのだろう。

  雨ながら白き日の暈花御堂       若本 輝子

 雨と言っても春雨である。見上げると雲の切れ間に暈をめぐらせた日輪がうっすらと見える。そんな空模様の下で花祭が営まれている。順番の来た子供が傘を閉じ、誕生仏に甘茶を灌ぐ。間もなく雨も上がりそうだ。
 自然と人の暮らしが一つになった穏やかな光景。作者の住む琵琶湖の辺りを思い浮かべれば、その眺めに歴史の奥行きも加わってなつかしさを増す。


  城濠の春夕焼の切子波         梅野 幸子
  さわらびや弥彦の山の八重谺      濱田 ふゆ

 梅野さんの句の「切子波」、濱田さんの句の「八重谺」はそれぞれ造語的に工夫された表現なのだと思われるが、その言葉の味わいがそれぞれの作品の魅力になっている。
 切子波はガラスの切子の文様のような波ということなのだろう。お濠のさざ波などどう詠んでも古くさくなりがちだが、この言葉一つで新鮮な句になった。八重谺とは畳なわる山並のほうぼうから谺が帰ってくるさまだろうか。蕨の萌え出た山懐の春が喜ばしく詠い上げられている。

  三月は鏡の奥の小部屋かな       仲間  健

 鏡の奥に小部屋が映っている。扉は開いているが中はほの暗い。誰かがそこで自分を待っているような気がする。しかし、振り返ったらその部屋はもう現実には存在しないような気もする。
 上五を「三月は」としたところに冒険がある。三月とはそういうものだというのだ。「三月の」であれば素直に意味が通る。しかし、それでは小部屋の不可思議な雰囲気は消えてしまう気がする。あえて意味を断ち切ることによって生まれる詩情もあるのだ。そして、一進一退を繰り返しながら春めいてゆく三月の感じも確かに捉えられていると思う。

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