今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  玄冬やシャッター街の二階の灯     新宮 里栲

 昔ながらの商店街は全国至るところで衰退している。郊外のショッピングモールに客を奪われて売上が落ち、商売をあきらめてシャッターを降ろしたままの店舗が増える一方なのだ。シャッター街という言葉はたぶんマスコミか行政から出て来たものだと思うが、いまやすっかり一般化した。
 それだけ目につく現象になったからシャッター街を詠んだ俳句も増えた。しかし、シャッター街を詠めば目新しいという時期はとうに過ぎている。作者らしい目の付けどころがあるかどうかが問われるところである。
 掲句は「二階の灯」に目をとめて成功した。一階に店を構え、二階を住居にしているのだろう。シャッター街といえども二階にはあちこちに生活の灯が点っている。店を閉じてもどうにか暮らして行ける収入や蓄えはあるのか。ほっとするような、けれどもあらためて切なくなるような、そんな作者の心の動きが窓の灯影に揺らめいている。

  鬱の妻除夜の寝息のやさしさよ     竹岡 一郎

 厚生労働省が三年ごとに全国の医療施設に対して行っている調査によると、平成十一年には四四・一万人だったうつ病等の気分障害の患者数は、十年足らずで二倍以上に増えて平成二十年には一〇四・一万人になった。職場や家庭で鬱病と向き合わざるを得ない人も着実に増えているわけだ。
 掲句の妻は薬が効いて眠っているのだろう。目覚めているときの深刻な苦悩が嘘のように穏やかな表情で気持よさそうに寝息をたてている。

  除夜の妻白鳥のごと湯浴みをり     森  澄雄

 除夜と妻と言えばこの句がつとに知られている。戦後の貧窮の中で妻を高らかに讃えたものだ。竹岡君の句も除夜がよいと思う。家族と一緒に紅白歌合戦を見るでもなく眠っているのだが、年の移ろう大きな律動に妻の寝息が呼応するようだ。目覚めればこの健やかさは失われる。それが悲しい。

  ねんねこの泣く弟よ吾も泣けり     三宅 静可

 この句の主人公は幼い弟を子守する姉であろう。もちろんそれは作者でもある。ねんねこでおぶって一所懸命あやすのだけれど弟は泣きやまない。手にした学校の宿題にも集中できない。母はいっこうに帰ってこない。泣きたいのはこっちだと思ってほんとうに泣いてしまう。この瞬間の姉と弟二人きりの感情は年を経ても失われることはない。
 ここからは私の勝手な想像である。姉は弟を病院に見舞っている。助かる見込みは薄いらしい。弟が泣く。我慢していた姉もとうとう泣く。掲句の情景は過去のものだが、感情はいつまでも新鮮なのだ。だから人生のさまざまな場面であざやかに甦る様子を想像できる。不思議な句である。

  湯ざめする女の身にもなつてみよ    三代寿美代

 これまた不思議な句である。情景はいろいろと想像できよう。銭湯で長湯の相手を待っている「神田川」的情景。あるいは温泉旅館の蒲団の傍らで相手を待つ女。
 しかし、この句の照射するものはその場面に限定されないのだ。「女の身にもなつてみよ」こそがこの句の主題。そう叫ぶ女の身の悲しさを象徴的に具現させた上五なのだ。

  夜神楽の果てたり朝の玉子飯      黒木 鳩典

 昨年十二月、布施伊夜子さん、佐藤守さんらの世話でかねて願っていた高千穂の夜神楽見物の機会を得た。今月は同行した仲間からさぞやたくさん夜神楽の句が届くだろうと期待したのだが意外にも少なかった。その場ですぐに出来なくてもよい。しかし、詠んでみなければ何も始まらない。
 黒木さんの句は外気に開け放たれた神楽宿で寒さに震えながら徹夜した朝の情景。湯気をあげる飯に生卵をかけて食べて生き返る心地のしたことが思い出される。手はじめにこんなところからでもよいのだ。

  天狼や息かけて掌をとりもどす     小竹万里子

 冬の夜空に天狼星が一際明るい光を放っている。長く屋外にいるのだろう。冷え切って感覚のなくなった手をこすり合わせ、息をかけてあたためてやる。「とりもどす」が力強い表現だ。血が通って自分の感覚の戻った掌が、こうして作者が待ち受ける何ものかへの希望を感じさせる。

  日向猫億劫さうに避(よ)けにけり    土屋 與志

 今月の辻内さんとの季語の疑問についての対談で、日向ぼこは人事の季語だから動物に用いてはいけないという話をしている。その一方で私は「日向で目を細めてじっと丸くなっている猫は確かに冬らしい光景です」とも言っている。そう言った矢先のこの句である。
 猫の日向ぼこなんて言うまでもない、私なら日向猫で十分よ、どうやら作者はそう言っているようである。この句の日向猫はいかにもそれらしく描けている。これをもって日向猫を「鷹」公認の冬の季語にするとも言えないのだけれど、土屋さんのこの句の心意気は素直に受け止めたくなった。

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