今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  をしどりや病んでゐる雌流れだす    椰子 次郎

 おしどり夫婦というくらいだから、この句の情景が夫婦の寓意であることは容易に想像できる。おしどりはいつも番(つがい)で連れ添って過ごす。河を渡ろうとしていたのだろうか。いつのまにか雌が流れに逆らえず離れていく。雄がふと気づくともうあんなに遠くでこちらを見ている。

  鳳仙花妻はほろほろこはれけり       次郎
  妻の爪切り揃へけりほととぎす
  風呂洗ふ今夜は花火妻洗ふ

 ここ数年の椰子さんの作品である。いずれもありのままの妻を即物的に詠みながら遣りきれない切なさが読み手に直に浸みてくる。その延長線上におしどりの句はある。しかし、現実の妻を詠んだ三句との間には断層がある。おしどりに姿を借りた夫婦は、今や夢幻のようにはかなく浮かぶ。

  冬枯を鎧ふソーラーパネルかな     砂金 祐年

 福島で原発事故を起こした原子力にも二酸化炭素を出して地球温暖化を招く化石燃料にも頼らない社会を作ろうという意図で、太陽光発電による電気は国の定めた割高な価格で電力会社に買い取られている。その価格なら確実に儲かるというので全国各地の空地にソーラーパネルが敷き詰められるようになった。割高な買取価格は電気料金に上乗せされて私たち国民が負担している。
 掲句の若い作者はそのことに何か胡散臭さを感じているのかもしれない。その印象は「冬枯を鎧ふ」という表現のもたらすものである。地球にやさしいという謳い文句に乗っていったいこの狭い国土のどれだけがソーラーパネルの鎧を着れば原子力や石油やガスの代わりになるのだろう。

  菊挿して暫しありたり稿を継ぐ     景山 而遊

 景山さんの受賞となった鷹俳句賞の選考会で、私は亡き妻を偲んだ作品はすばらしいがそれ以外のふだんの句が物足りないと意見を述べた。掲句はそんな私の注文に十二分に応えてくれるものだ。
 ここ数日書き進めている原稿があるのだろう。ふと思い立って庭の菊を切り瓶に挿した。そしてまた続きを書く。それだけのことだが、中七の「暫しありたり」が簡単そうで真似の出来ぬ芸だと思う。気持を静めて再び原稿に向かう心の移ろいが確かに書き留められている。景山さんと知ればそれが亡き妻のために挿された菊だと想像されるのだが、その事情を抜きにしても味わいのある中七である。

  鼇頭の文字つぶれゐるちちろかな    鶴岡 行馬

 鼇頭(ごうとう)とは頭注のこと。どんな書物なのかは知らないが、かなりの大冊で本文の上にびっしり頭注がほどこされているのだろう。その細かい活字の文字がつぶれている。作者はスタンドを引き寄せてつぶれた文字まで読み取ろうとしているらしい。虫の鳴きしきる夜長の読書。自他ともに認める本好きの作者ならではの一句だ。頭注と言ったのでは今一つ迫力が出ない。鼇頭だからこそいかにもつぶれている感じがする。

  葬列の先頭は吾石蕗の花        吉川 典子

 葬式の場面はすでに多く詠まれている。特に身近な肉親の葬儀は、本人にとっては一回きりの出来事であっても、その思いを述べれば誰しも似通ったものになりがちで、類句にまぎれてしまいやすい。
 掲句は感想を交えずに意外な視点から葬式を俯瞰したところが新鮮である。俯瞰したその情景の中に他ならぬ作者がいる。葬列の先頭にいるということは喪主であろうか。極めて近い肉親の死である。泣き崩れるのをこらえるように面を上げているのだろう。それでも石蕗の花の取合せには穏やかな明るさがある。死者にしてやれるだけのことはしてやったという思いが滲み出ている。

  ありあまる日向ありけり日向ぼこ    内田 遊木

 去年の十二月、高千穂神楽を見に行く機会を得た。宮崎空港から高千穂へ向かうと、宮崎も日向も延岡もよく晴れて南国らしい日差しに恵まれた。まさに「ありあまる日向ありけり」だった。他にこれといったものはないけれど、日向だけはいくらでもありますから存分にお楽しみ下さい。そんな謙遜を交えた郷土自慢の一句でもあろう。


  初雪や帰り仕度の湯治客        柳田 亜紀
  寒月や面取壺の白き艶         吉長 黄雲

 柳田さんの句には観光客向けの温泉宿より自炊客の多い湯治場が似合う。農繁期が終わって持病の療治に来た人たち。顔なじみも増えてきた頃、その一人が荷物をまとめて引き揚げる。初雪に淡い惜別の情がある。吉長さんの句は李朝の白磁の壺を想像させる。文人趣味的で閑雅なたたずまい。面取と言ったことで寒月の下の幽かな光芒が感じられる。
 切字の力を信じれば饒舌は一切無用である。失礼を承知で紹介すると柳田さんは九十六歳、吉長さんは九十一歳。型の恩寵は作者の年齢を問わず豊かにもたらされる。

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