今月の鷹誌から秀句の風景


  秀句の風景                小川軽舟

  飯を食ふさびしき時間春の雪      蓬田 節子

 一人きりのさびしさにはもう慣れているつもりでいても、飯を食うときにはあらためてさびしいと感じる。同じような境遇の読者ならば思わずうなずく実感だろう。
 さびしさは満ち足りた状態から何かが欠けたときに生まれるもの。人の心は知らず知らずそのさびしさを欠けてしまったものの俤で埋めようとする。だから、さびしさの裏にはなつかしさがある。季節外れの雪に驚いた作者は、心の中でその俤に話しかけていることだろう。さびしさを言いながら、この句にはどこか甘い空気が流れている。
 三月号の次の句を思い出した。

  食ふことに費す時間冬銀河       市川  葉

 人は生きている限り飯を食う。飯を食わせてやる相手がいなくなっても、飯を炊いて食わなければ生きていけない。それをいまいましく思いながらも生きるために孜々として時間を費やす。蓬田さんの句と比べて何という違いだろうか。
 飯を食うという人間の根源的な営みは俳人の生きる姿勢を映すようだ。蓬田さん、市川さん、それぞれの人となりを窺わせて、どちらもとても魅力的である。

  玉葱を刻みさしぐみゐたりけり     景山 而遊

 伴侶を亡くして数ヶ月の景山さんはまだ悲嘆のうちにあるものと思うが、この句は持ち味のユーモアに哀感が加わり、俳人としてのしたたかさを感じる。さしぐむとは涙ぐむこと。鰥夫暮らしの炊事の最中にも妻のいないわびしさに涙がこぼれる──いや、ただ玉葱が目に沁みただけのこと。

  肉袒に撮る心電図蝶の昼        島田 武重

 上半身裸になって病院のベッドに横たわると冷たい電極がぺたぺた貼られて検査開始となる。作者の不安な面持ちを気にするでもなく医師は事務的に事を運ぶ。どんな検査でも心細さは同じ。早く勘弁してほしいと祈るような心持ちだ。
 肉袒とは中国古代の史書に由来する言葉で、鞭打たれるために腰から上の肌をあらわにすること。深く謝罪の意を表す所作だったという。島田さんは検査室の自分の姿にこの言葉を当てはめて自らの戯画化に成功した。病院がらみの句は増える一方だが類想が多い。辞書に親しんでいればこんな胸のすく奇手もあるのだ。

  まさをなる空の量感花こぶし      稲澤 雷峯

 「まさをなる」の書き出しには次の名句を思い出す。

  まさをなる空よりしだれざくらかな   富安 風生

 風生の青空が彼方で澄みわたっているのに対して、掲句の青空はこちらに向けてぐっと迫り出してくる。空に「量感」を見出した発想が新鮮だ。しかし、どんな空でもそう思えるわけではないだろう。まだ枯色の野山に高々と咲く辛夷の花があってこそ納得できるものだ。

  紅梅や近づいてきて怨み言       加藤よい子

 季題趣味という言葉がある。否定的な意味合いで使われることが多いようだが、掲句を読んでまず思ったのは、季題趣味も悪くないということである。「鷹」で育つと、季語以外のフレーズから発想し、それに季語を取り合わせるという手順が身につきやすい。季題趣味は逆に季語をテーマとして発想する。そのとき大切なのは季語の本意を攻めること。本意の上っ面で済まさず、その本質に踏み込むことである。
 掲句に置かれた紅梅はいかにも紅梅らしいと感じた。中央例会ではそれをうまく説明できなかったが、後日こんな短歌を見つけた。

  紅梅はいやらしきまでいろ濃しとゆきずりにみてひとに
  いはずき                岡井 隆

 そうそう、私はこの感じを言いたかったのだ。加えて言えば、掲句の場面を王朝貴族の恋の悶着と読むのも悪くない。それもまた紅梅の本意からの連想である。

  うららかや杉を叩きて山誉める     佐藤  守

 花粉症は公害だとある雑誌に書いてあった。この国民病が戦後の国策として進められた杉の植林の結果だからである。しかし、山主にとっては苦労して育てた愛着がある。その雑誌には国策として杉の伐採を推進すべきだと書いてあった。

  吊革に春愁の手がまたひとつ      金子富士夫

 作者は電車の吊革につかまっている。その傍らに立った人から手が伸びて別の吊革をんだ。表情のみえない手だけを描いて匿名性に満ちた都会の人間関係を暗示する。春の物憂さに沈む作者は、この手の持ち主も同類だと感じる。そのことが都会の一隅にかすかな連帯感めいたものを生む。

  薇に雪あたらしき早瀬かな       コ田じゆん

 根雪が溶け春も闌という頃になって急に冷え込み雪が降った。毛の密生した愛らしい薇の渦巻も雪をかぶった。それでも早瀬の響きには凍てついた冬とは違う生気がある。山の空気を吸い込んだようなすがすがしさの残る好もしい自然詠。

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