今月の鷹誌から秀句の風景


  ポインセチアまた明日ねといふ老人   細谷ふみを

 句会における湘子先生の句評はいつも明快だったが、稀にそうでないことがあった。選んでいるのに「不思議な句だね」などと漏らすだけで後が続かない。私は先生からそう言われるのがいちばん得意だった。先生を困らせてやったぞ、という気分である。「男にも唇ありぬ氷水」と「闇寒し光が物にとどくまで」がそうだった。ただし、「鷹」に載るまでに、先生は「不思議」の中身を解明される。この二句についても、「秀句の風景」の先生の鑑賞は整然としていた。
 昨年末、邑書林主催のシンポジウムで「選」をめぐるパネルディスカッションを聞いた。興味深い発言が多かったが、水原秋櫻子、能村登四郎の選を受けた筑紫磐井さんの話もその一つ。二人とも選の基準がはっきりしていて、半年か一年でそれがわかってしまった。その選によって自分が形成されたとは思わない。確かそんな内容だった。
 それがほんとうだとすると、作者と選者の関係は退屈なものだと思う。それでは作者も選者も成長しないのではなかろうか。選者のやりがいは、むしろ選句基準そのものを揺るがす句に出会えたときに生まれる。例えば、客観写生を指導する虚子が中村草田男の「金魚手向けん肉屋の鉤に彼奴を吊り」を選んだ気持ちを想像する。虚子もその時、「不思議な句だね」と呟いただろうか。
 細谷さんの掲句、まさに「不思議な句だなァ」という第一印象である。いや、「ヘンな句だなァ」と言うべきか。
 老人がみんな頑固で狷介なわけではない。物腰やわらかで心やさしい老人もいるだろう。毎日決まって溜り場の店にニコニコと顔を出し、「また明日ね」と言って去る、そんなありふれた老人。しかし、読者はすぐに、「また明日ね」が永遠には続かないことに気づく。老人が現れない「明日」がいつか必ず来る。老人自身もそれを知っている。人間のやさしさはさびしさの裏返しなのだと気付かせる句である。ポインセチアの明るさもまたさびしさの裏返しか。

  蝕すすむ二更の月や寒苦鳥       福田千鶴子
  

 昨年十二月十日の皆既月食は、私も会社からの帰り道に仰ぎ見た。さて、それから月蝕の句の来ること来ること。それらの中で、この句は群を抜いて異色だった。
 寒苦鳥(かんくちょう)は実在する鳥ではない。仏典の想像上の鳥である。インドの大雪山に棲み、寒夜、雌は寒くて死にそうだと鳴き、雄は夜が明けたら巣をつくろうと鳴く。しかし、朝になるとそれを忘れて怠けている。精進を怠る衆生の譬えである。
 作者はたぶん、月蝕を見ていて寒くてならなかったのだろう。それがこの季語を導いた。しかし、こうして出来上がってみると、何か今の日本人の姿を見るようでもある。「蝕すすむ二更の月や」の引き締まった韻律も群を抜いている。


   岸草に舟曳きし跡かいつぶり      中島よね子

 

 何気ない叙景だが、浸み通るような情感がある。作者が実際に見たのは、例えば湖のボートを岸に引き揚げた跡だったかもしれない。しかし、一句の形に言葉が並ぶと、そこから違う抽斗が開く。私の場合、匂宮が浮舟を連れ去って宇治川を舟で渡った雪景色なども、ふと頭をよぎるのである。


  金星は月を離れずザビエル忌      土門緋沙子

 一五四九年、日本に初めてキリスト教を伝えたイエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルは、一五五二年の十二月三日、布教に向かった中国で病死した。四十六歳だった。異文化での布教活動はどれほど苦難に満ちたものだったろう。
 寒気に澄み渡った夕空を、月を追うように金星が落ちていく。信仰に燃え尽きた一人の宣教師の生涯に思いを馳せるのにふさわしい大景である。

   笹鳴やダムを見下ろす杣の墓      栗栖 住雄

 ダムの眺めが楽しめるようにと建てられたわけではあるまい。本来、この墓は谷の村をなつかしむように見下ろしていたに違いない。その村は水没したのである。訪ねる人には見えない水底の村を、墓は見つめ続けている。そう読まないといけない句だと思う。

   仏壇のりんごが声を発しけむ      市川 恵子

 ふと誰かに呼ばれたような気がして振り返ったら、仏壇がある。位牌に呼ばれたのでは気味が悪いが、そこに供物の林檎があって、ああこれだったか、と作者は納得したのだ。機知的な作り方だが、それほど仏壇の林檎があかあかと色鮮やかだったのだ。これは手の込んだ写生句とも言えよう。



  もう去らぬ女となりて葱刻む      柳 克弘

 「もう去らぬ女」とはぞんざいながら巧い表現である。一度や二度は去ろうとした女なのだ。しかし、今度は去ることはあるまい。葱を刻む女の背中を見ながらそう思う。私小説的趣向の句とでも言えようか。作者が「木犀や同棲二年目の畳」と詠んだ時、なんて巧い若者だろうと思ったものだが、掲句には三十代に入った風貌が顕れている。



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